第26話 葛藤
「ただいま帰りました、師匠、聖女様」
傷だらけになりながらも勇者は無事に帰還した。
どうやら三体目の魔王軍幹部もなかなか手強かったようだ。
「勇者様!」
聖女が駆け寄っていき、すぐさま回復魔法を使う。
なんとも甲斐甲斐しいことで。
対照的に僕はゆっくりと彼に近づいていく。
そして聖女の治療を受ける勇者の元までくると、僕は口を開いた。
「おかえり、勇者。帰ってきてすぐで悪いんだけどね、緊急事態だよ」
「え、どうしたんですか?」
「魔王領付近にある火山でドラゴンが目覚めた。周辺で暴れまわっているらしい。被害が大きくなる前に君に討伐してほしいとのことだ」
「ドラゴンですか?でもどうして突然そんなのが・・・」
「さあね。でも出てきたものはしょうがない。なんかどこも人手不足らしくて、今動けるのは君しかいないって」
「でも魔王軍幹部はどうするんですか?」
「もともと倒す予定だった幹部の一体が誰かに倒されたおかげで少しだけ時間の猶予ができた。ドラゴン退治をしても十分間に合うと思うよ」
僕の言葉を受けて勇者は少し考える素振りを見せる。
そして僕の顔をしばらく見つめた後に口を開いた。
「師匠はドラゴン退治をした方がいいと思うんですね?」
「うん」
「・・・わかりました。すぐにでも出発します」
「助かるよ。でも今日は休んで。準備はこっちでやっとくから。聖女、案内してあげて」
「わかりました。勇者様、宿までご案内いたします」
聖女が勇者に肩を貸そうとすると、彼は心底不思議そうな顔をしながら僕に問いかけてくる。
「すぐに行かなくてもいいんですか?」
彼は驚きに満ちた表情を浮かべていた。
なんで僕はそんなにブラックだと思われているのだろうか。
とても心外である。
「勇者、確かに時間は有限だけれども、休めるときに休んでおくのは大事だよ」
「そうですよ、勇者様。今日はもう休みましょう?」
「・・・本当に、大丈夫ですか?」
「うん大丈夫」
「・・・わかりました」
僕の迷いなき言葉に、勇者は渋々といった様子で返事を返した。
帰ってきて早々出発しようとするその姿は頼もしい限りだが、その社畜精神は自分を追い詰めるだけなのでできれば捨ててほしい。
聖女に連行されていく勇者の後姿を眺めながら僕はそんなことを考えていた。
まあなにはともあれこれで勇者はドラゴンと戦うことになる。
彼がこちらの思惑通り動いてくれるのは、大変喜ばしいことだ。
だがそんな彼に対して、僕は忸怩たる思いを抱いていた。
それは罪悪感とも呼べるものだろう。
今回のように、使徒が自作自演をするなんてことはよくある。
何も知らない人間を意のままに操るなんて正直造作もない。
しかもそこには世界を救うという大義名分まであるのだ。
きっとたいていの使徒は己が力を振るうことになんの躊躇いもないのだろう。
だがたとえそれがどれだけ必要なことであったとしても、僕はやはりこういう行為を好きになれそうになかった。
なぜならこれは使徒による横暴だからだ。
世界を救うためとはいえ勝手に世界を操り、人を惑わし、現実を歪める。
これを傲慢と言わずして何と言う。
本来彼らの世界のことは、彼らに任せるべきなのだ。
しかし彼らだけでは滅びを避けられないのもまた事実。
本当は手を出したくないのに出さざるを得ないこの矛盾は、いつだって僕を苛んできた。
そういう葛藤の中で僕が捻り出した妥協点は、必要最小限の干渉という曖昧なごまかし。
今回の場合はその必要最小限がずいぶんと大きくなり、かつ僕が勇者を振り回している形になっているが、それを無理やり受け入れさせていること自体が僕の本意ではない。
だから苦労している。
どこまでを僕がやるか、どこまでを勇者にやらせるか、その境界の決め方に。
これは世界に干渉するうえで、僕が僕自身に課したルール、僕の信念。
非効率かもしれない。
綺麗ごとかもしれない。
自己満足かもしれない。
でも使徒にだって、選ぶ権利と、そして義務があると、僕は思うのだ。
―――――
今回のドラゴン出現の件、何か変だとは思った。
だって師匠が魔王討伐関連以外のことを俺に頼むなんて、本来ありえないことのように思えたから。
師匠はそういう人間ではないはずなのだ。
どこまでも合理的に判断する。
それがこの人の在り方のように感じていた。
だからこそ俺は師匠を信頼できる。
現に俺は驚くほどの短期間で強くなった。
自分の力の向上についていけないほどである。
それはここ最近の戦闘で身に染みて感じていることだ。
何が原因かと問われれば、誰がどう考えても師匠が俺に与えた試練に他ならないと思うだろう。
この人が無駄なことをする人ではないことを俺は確信している。
しかし今回の件に関しては、必ずしも俺じゃなくても対応できるのではないかと思えてしまう。
魔王領に近いとは言っても魔王領内部での出来事でない以上、軍隊を送れば事足りるはずだ。
そんな余裕がないと言われてしまえばそこまでだが、先日の魔王軍幹部同時撃破を考えればそこまで切迫しているとも考えられない。
そういうことを師匠がわかっていないはずもないのに、この人はわざわざ俺を指名した。
ではこれをどう捉えるべきか。
答えは決まっている。
師匠はこれを俺に必要なことだと判断したのだ。
だったら弟子である俺はそれに従うまで。
理由などいちいち聞くだけ時間の無駄である。
この話を聞いてから目的地に向かうまでに何度も考えてそう納得した。
判断を丸投げするのはどうなのかと言われれば耳が痛いが、実際役割というものもある。
少なくとも今の俺は自分が強くなることを最優先に考えるべきであって、その方法を考えるのは師匠、実行するのは俺という関係が最も効率的だ。
ドラゴンを倒せと師匠に言われた。
だったらそれを成せばいい。
そう結論付けた俺は、静かに戦いのときを待ち続けるのだった。
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