第28話 突然の来訪者
勇者にドラゴンを倒させた理由は二つある。
一つは言わずもがな、勇者の経験値のためである。
魔王軍幹部とまではいかないにしても、かの魔物はそれなりに優秀なリソースとなった。
これで失った分の経験値はある程度補填されたのだから、目標は達成されたと言えよう。
そしてもう一つの理由は、素材だ。
おそらく今の状況から予想するに、最終的な勇者のレベルは魔王にわずかながら届かない。
その対策として、僕は彼に特別な武器を授けることにした。
要はその武器でレベルの差を埋めるのだ。
今回はその武器を創るための素材として、ドラゴンの牙を使うことにした。
勇者がドラゴンを討伐して撤収したのち、部下に必要な分の素材を回収させてある。
あとは武器を創るだけだ。
しかし残念なことに、僕以外の使徒で僕の求める性能に足る武器を創ることができる者が今のところいない。
そうであればこそ、この作業は僕がやらざるを得なかった。
「じゃあ僕はしばらく動けないから、あとはよろしくね」
「はっ!」
すでにすべての手配は完了している。
さあ、頑張りますか。
―――――――
勇者様が最後の魔王軍幹部討伐へと向かって五日が経った。
ルイ様も用事があると言ってどこかへ消えてしまった。
そして私は、あの事件以来教会に引きこもっている。
勇者様は目を覚ますと私の無謀を笑って許してくれたが、それで気にしなくなるほど私は恥知らずではない。
治療を終え、改めて謝罪の言葉を述べた後、私はいたたまれなくなってそのまま部屋を出ていってしまった。
それ以来勇者様とは会っていない。
出発のお見送りにも行けなかった。
今はそれくらい参っている。
挽回のためにも何かしなければという気持ちはあるのだが、何もできないことがわかっているのでどうしようもない。
暗い部屋でこんな風に燻っていると、このまま世界からいなくなってしまうような気がしてくる。
実際問題私という存在が消えたところで特に大勢に影響はないし、むしろ消えてしまったほうが誰にも迷惑をかけずに済むのかもしれない。
自分で言ってて悲しくなってきた。
それでも自己嫌悪は止められそうにない。
ああ、どうすればいいのだろうか。
このままでは勇者様は一人で何もかも背負ってしまう。
きっとそれでも大丈夫だと彼は笑うんだろうけど、そんなのはただの強がりだ。
確実に心は摩耗していく。
だから誰かが勇者様を支えてあげなければならない。
その孤独を否定しなければならない。
ルイ様は勇者様を育てはしても救いはしないだろう。
むしろあの人は積極的に勇者様に試練を与える存在だ。
ゆえに彼の近くにいて、彼を救える者はもう私しかいない。
なのに、私には何もできなかった。
「聖女様、手紙が届いております」
無力に打ちひしがれ、ただ茫然と椅子に座っていると、扉越しに声が聞こえてきた。
おそらくこの教会の司祭様だろう。
「・・・手紙ですか?」
正直心当たりがない。
勇者様は今遠征中で手紙を出せる状況ではないし、ルイ様も私には用が無いはず。
あるとしたら教会本部だろうか。
しかし魔王討伐の任以外のことで私に何か言ってくることはないだろうし、肝心のその任については私が教会の中で一番状況を把握している。
今更伝えたいこともないだろう。
まあ考えるよりも確認した方が早いか。
そう考えた私は司祭様から手紙を受取ろうと、部屋の扉を開けた。
「ご苦労様です。拝見いたします」
「それが聖女様、手紙を持ってきたものが聖女様に直接会って渡すと言って聞かないのです。私もどうしたものかと思い、一応今正門の前で待たせてはいるのですが」
「そうですか。教会の使者でしたか?」
「いいえ、それが冒険者のようでして」
「ならおそらくルイ様の使いでしょう。応接室に通していただけますか」
「はい、ただいま」
司祭様が来訪者を呼びに行っている間に、私も来客用の服に着替えて応接室へ向かう。
私が部屋に到着すると、そこには司祭様、護衛のための教会騎士、そして目深にローブを被った一人の冒険者らしき人物がいた。
「お待たせいたしました。教会の聖女、セーナでございます」
「お初目にかかります、聖女様。私、ジラと申します」
「本日は私に届け物があるとか」
「左様でございます」
「ルイ様からですよね」
「・・・いえ、違います。誰のことを言っているのでしょうか?」
「え、違うのですか」
予想外なことに思わず聞き返してしまったが、ルイ様関連でないとするとこの方はいったい誰なのだろうか。
私が首を傾げると、正体不明の冒険者は己の所属を明らかにする。
「私は冒険者パーティー“導きの希望”の魔術師ジラ。先日魔王軍幹部を討伐した冒険者の一人です」
「なっ!」
目を見開く。
その場にいた誰もが驚き、何も言えずにいた。
かく言う私も動けずにいる。
しかし沈黙があたりを満たしたのも一瞬のこと、
私は必死で頭を回転させながら言葉を繋ぐ。
「これはこれは、あの魔王軍幹部を討伐したという英雄の一人が私に会いに来たと?」
「ええそうですよ、聖女様」
ジラと名乗った青年は平然とそう言ってのける。
その自信たっぷりの態度からは余裕が滲み出ていた。
もし仮に彼が幹部討伐を果たした本物の冒険者ならば、私は聞きたいことが山ほどある。
しかしだからといってこれは簡単に信じていい話というわけでもなかった。
ならばまずはこの男が本物かどうかを確かめなければならない。
そう結論づけ、私はジラさんに改めて向き直った。
「しかし突然そのようなことを言われましても、こちらとしては真偽を確かめようがありません」
「まあそれはそうでしょう。しかしこちらもそれを証明する術を特に持ってはいません。さて、困りましたね」
ジラさんはとぼけた様子でそう言う。
変な話だ。
わざわざ私に会いにきたのだからそれくらいは用意しているものとばかり考えていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
ではどうするつもりなのかと聞こうとしたところで、ジラさんがそれを遮る。
「ではこんなのはどうでしょう?」
彼がそう言って指を鳴らした瞬間、後ろで音がした。
慌てて振り返ると、護衛として控えていた騎士が倒れているではないか。
司祭様の方は青い顔をしているだけで無事なようだったが、いったい何が起こったのかわからない。
「これで信じていただけましたか?」
教会騎士は決して弱くない。
それがこうも簡単に無力化されるなんて普通ならあり得ないことだ。
私は改めて彼を見据える。
「そんなに心配せずともあなたに危害を加えるつもりはありませんよ。本日は我々の主からの手紙を届けに参っただけなので。どうぞ」
「・・・」
私は動揺が表に出ないよう必死で感情を押さえながら、目の前に差し出された手紙を受け取った。
そしてそのまま封を切ろうとすると、意外にもそこで手紙を渡した当の本人が口を挟んでくる。
「お待ちください、聖女様。その手紙を見るときはお一人の時にしていただきたいとの伝言を差出人から預かっております。どうかそうしていただけないでしょうか」
「どうしてそのような要望を?」
「はて、私はただの運び屋ゆえ主の思惑は量りかねます。しかしおそらくそれが互いにとって必要なことと判断したのでは?」
「・・・わかりました。ならこれは部屋に戻って読むことにしましょう」
手紙の内容は気になるが、仕方がないので今はやめておく。
「私からは以上です。あとは手紙をお読みください」
彼はそう言って立ち上がると、私に背中を向ける。
もう帰るつもりらしい。
正直もう少し話を聞いておきたいものだが、彼の態度から察するに多くを語る気はないようだ。
後ろで倒れている騎士のことも気になるのでこの場はそれで終わりにする。
わざわざ見送るつもりもなく、倒れている騎士に回復魔法を使おうと私は立ち上がったのだが、扉に手をかけたジラさんが最後にもう一度だけこちらに振り返ってきた。
まだ何かあるのかと思い、目だけで先を促すと彼はこれまでと変わらない調子で最後にこう言った。
「あなたの意志が世界を救う一助になることを願っております、聖女様」
それだけ言って今度こそ彼は部屋を出ていった。
――――――
騎士の無事を確認した後、私は手紙を読むため一人自室へと戻ってきた。
いったい何をもったいぶって一人で読めなどと言ってきたのかはわからないが、手紙を読めばそれもわかることなのだろうか。
魔術師ジラの言葉も含めて疑問は絶えない。
だけどこの鬱屈し、停滞した今の私の状況を変える何かがこの手紙にはあるのかもしれない。
そんな期待が一瞬私の心の中を過る。
勇者ではなく、ただの人の身でありながら魔王領へと侵入し、魔王軍幹部を討伐した者たちからの手紙。
いったいどんな内容なのか。
封を切る時間さえ惜しく、少し行儀は悪いが破るようにその手紙を開いた。
そして目を通す。
「これは・・・」
果たしてそこには確かに、この状況を動かすに足る内容が書かれているのだった。
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