第21話 残された者
一夜が明けた朝早く、勇者様出発の日。
私は寝不足の体をなんとか起こして、勇者様とともに街の門まで向かっていた。
結局あの後ろくに眠ることもできずに朝を迎えてしまったのだ。
旅の疲れも重なり現在非常にだるい。
勇者様の方は体調が悪いなどということはなく、元気そうでなによりである。
重い体を引きずってなんとか集合場所である街の門にたどり着いたときにはすでに体力の限界を迎えていた。
「聖女様大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。少し寝不足なだけですので気にしないでください」
まずい、勇者様が心配している。
ここはなんとか誤魔化さなければならない。
これから勇者様が一人で魔王軍幹部を倒しに行かなければならないことに比べたら、私の疲労などどうでもいいことだ。
所詮私はただのお見送りに過ぎないのだから。
だからたとえ膝が折れそうになったとしても、最後くらい笑顔で送り出して差し上げたいという意地を私は通さなければならない。
そう思いせめて勇者様が出発するまでは気合で乗り切ろうと奮起したそのときである。
気配など微塵もなかったはずなのに突然背後から声をかけられた。
「なんで今度は聖女が死にそうになってんの?」
「っ!」
一瞬びっくりしすぎて悲鳴を上げそうになったが必死で抑える。
まだそんな力が残っていたのかと自分でも驚くぐらいの速さで振り返ると、そこにはルイ様が立っていた。
相変わらず無表情で何を考えているのかよくわからないその人は、私の残り少ない体力を奪っていったにも関わらず、一瞬私の顔を窺っただけですぐに興味を失ったように勇者様に視線を移してしまった。
私は今の一幕が原因で生じた動悸がなかなか治まらず、ただでさえ尽きかけている体力がじりじりと削られ、今や立っているだけでやっとである。
そんな私の様子など知らぬとばかりに、ルイ様はさっさと勇者様と話し始めてしまった。
「準備は完璧かな、勇者?」
「はい、師匠」
「じゃあ、いってらっしゃい。気を付けてね」
「はい、任せてください」
軽いな。
勇者様とルイ様が話をしている間になんとか態勢を整えようとしたが、ずいぶんと軽い挨拶だけで二人の会話は終わってしまい、早々に私の番が来てしまう。
しかしよくよく考えてみれば、ルイ様がここまでさらっと挨拶を済ませてしまったのなら私もそれに習えばいい。
教会の格式ばった環境に慣れてしまっているせいで何か大仰なことを言わなければならないと勝手に思ってしまったが、勇者様の師匠を差し置いてまで長ったらしい挨拶などする必要はないのだ。
気を取り直して勇者様と向かい合う。
「勇者様、ご武運を」
「はい、聖女様もお体には気をつけて」
本当にたった一言だけのやり取り。
それだけを残して勇者様は出発してしまった。
ずいぶんあっさりと、私を置いてけぼりにして。
―――――
「さて、それじゃあ僕たちは戻ろうか」
ルイ様はそう言って踵を返す。
私も黙ってその後ろをついていった。
時間が早いせいか、街の中にはまだ人の気配があまりない。
前を歩くルイ様はこちらに話しかけるでもなく、ただ淡々とその歩みを進めているが、この状況はなんともあの暗いダンジョンでの一幕を思い出させる。
勇者様が去ってしまった後、こうして二人で勇者様の後ろを追い続けるという場面があったが、あの時もこの人は必要以上に何かを話そうとはしてこなかった。
ずいぶんと気まずい雰囲気を味わったものだが、それを再び味わうことになるとは。
なんとなく沈黙に耐えきれなくなって、疲れているのにも関わらず私はその背中に向って声をかけてみる。
「あの、私たちはこれからどうしたらよいのでしょう?本当にやるべきことは何もないのでしょうか?」
「僕の方はしばらく冒険者ギルドの方で野暮用があるんだ。まあ勇者が帰ってくるまでには戻ってくるよ。君はこのまま教会に身を寄せておくといい」
「・・・そうですか」
ルイ様も留守番仲間だと思っていたのに、ここにきて突然裏切られた。
「・・・私にできることはないのですね」
「無いね」
きっぱりと、ルイ様は言い切った。
こういうところはやはり容赦がない。
「どうせ勇者はボロボロになって帰ってくるだろうから、そのときは君の出番になるだろうけど、それまでは好きなように過ごすといいよ」
「・・・はい、わかりました」
もうそれ以上話す気にもなれずにいると、どうやらルイ様の方は目的地に着いたようだ。
「それじゃあ僕はここで。まあゆっくりと体を休めるのも大事だよ。それじゃあ」
「・・・はい」
勇者様もルイ様もそれぞれやるべきことのために動いている。
それに比べて私はどうだろう。
これまで聖女として世界の危機を憂いて、精力的に活動してきた。
勇者様不在の折には、それはもう忙しかったものだ。
しかし今はそうではない。
勇者様が現れていよいよこれから魔王討伐に向けて世界が動き出したという瞬間に、もはや聖女の役目は無くなったのだと言わんばかりの状況だ。
勇者様が一人魔王領に赴いて戦っているときに、私は教会の部屋でおとなしく休んでいる。
そんな不公平が許されていいのだろうか。
勇者様も、ルイ様も、私にそれでいいと言った。
だけど私自身がそれを許容できそうにない。
でもいくら考えたところで、特に名案が浮かぶというわけでもなかった。
今の私にできることは聖女らしく祈ることだけ。
ただそれだけだった。
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