第22話 惨状

 天界。


 そこは使徒たちが普段住まう場所。

 天上から世界を見下ろし、その行く末を監視するための拠点。


 ずいぶんと久しぶりに帰ってきた気もするが、僕たちの長い生の中においてきっとそれは一瞬のことなのだろう。

 その証拠に僕がここを出ていく前と後で変わったものなど何一つない。

 つまらない限りだ。


 さて、まだ例の世界を救えてもいないのにも関わらず、僕が我が家に帰ってきたのは他でもない。

 勇者の育成が一区切りついたこの段階で作戦全体の報告を部下から受けるためである。


 ダンジョンに潜っている間は部下と接触することができなかったので、ここで一旦現状確認をすることは上司として当然の務めだ。


 彼らのことだ、さぞや完璧に仕事をこなしていることだろう。

 有能な部下を持つことは僕にとっては誉である。


 前回と同様、僕が会議場にたどり着いた時にはすでに部下たちが集合していた。

 僕の登場と同時に場が静まり返り、今回の作戦の総指揮を任せているスッチーが立ち上がって開会の宣言をする。


「それでは中間報告を始めます。各方面から順番に執り行った作戦の概要およびそれに対する結果の報告をするように。それではまずはイレーネ」

「はい!」


 元気に返事をして一人の使徒が立ち上がる。

 自信満々のその笑みを見る限り、どうやらそれなりの成果を持ってこられたのだろう。

 これは期待ができる。


「私は共和国補佐の使命を帯び、議会議員としてかの国に潜入いたしました。三国同盟に共和国を参加させる目標はすでに達成されたので、ルイ様が勇者のもとに赴かれてから先は軍の管理など、魔王軍との戦闘において共和国に貢献しておりました」


 ふむふむ、ちゃんと仕事をしているな。

 感心感心。


「しかしここで問題が発生しました。時間が無かったので当時の首相を誘導して強引に三国同盟を決定させたため、多くの議員からの猛抗議が生じてしまったのです」

「ほう、それで?」


 結構面倒くさいことになっているようだ。

 無事に解決できたのだろうか。


「ご安心ください、すでに問題は解決しました」


 しかし僕の心配をよそに、彼女は自信たっぷりにこう続けた。


「ルイ様が世界のためを思ってご提案なされた策に異を唱える不届き者が議員をしている国など亡びるのが定め。それを回避すべく、市民を扇動することで反対派を根こそぎ議会から追放しました。晴れて新たな信奉者を議会に迎え入れ、今では我々に逆らうものなどいないユートピアが完成したのです」

「・・・は?」


 あれ、どういうこと?


「ちょっ・・・え?」

「えっへん」


 どこからツッコめばいいの?

 というよりどうして周りのやつらは拍手しているの?

 そしてやらかした当の本人はなんで決めポーズで佇んでいるの?


 困惑する僕を置いてけぼりにして、場が盛り上がっている。


 これはあれだ。

 しばらく部屋に引きこもってて久しぶりに外に出てきたら、よくわからないものが流行っていて周りの話題についていけないときに感じるあれだ。


 そう、絶望的な孤独である。


 しかし驚いたとはいえ動揺は一瞬であった。


 いきなり現れたこの惨状を僕は説明できなくもない。


 なんとなく予想がつくんだ。

 どうしてこんな異様な雰囲気が誕生してしまったのか。

 今はそれを理解したくないだけである。


 物事というのは得てして完璧になどいかないもの。

 そしてわかっていたことだけれども、こと使徒という存在に対してそれを求めることほど馬鹿げたことはない。


 たまにあるんだよなあ、こういうこと。

 暴走というか、迷走というか。


 これから目の前で繰り広げられるであろう会議の展開を思うと帰りたくなるのも無理からぬことだが、そこは最高責任者として向き合わねばならない。


 はっきり言って最悪だ。


「では次、ザルザ」

「お任せを!」


 元気なことはいいことだけど不安しかない。


「私は帝国補佐の使命を帯び、元老院としてかの国に潜入いたしました。共和国とほぼ同様の目的をもって任務にあたっていたのです」


 うん、ここまではいいんだ、ここまでは。


「しかしここで問題が発生しました。なんと皇帝の野郎、魔王討伐後に弱った他国に侵攻して世界征服をしようと考えていたのです」

「・・・それで?」


 もう嫌な予感しかしない


「ご安心ください、すでに問題は解決しました」


 とりあえず得意げな顔をやめてほしい。

 殴りたくなるから。


「ルイ様が草案を作成された同盟の条文に逆らう不届き者が支配する国など亡びるのが定め。それを回避すべく、良心的な皇太子を扇動し反乱を起こさせ、速やかに悪逆非道な皇帝をその座から引きずり降ろしました。晴れてその皇太子が皇帝となり、今では我々に逆らうものなどいないユートピアが完成したのです」

「・・・」


 またもや拍手、そして決めポーズ。

 本当に笑えない。


「では次、ラーサ」

「サーイエッサー、ラーサ参ります!」


 もう君に至っては何か違う。


「私は王国補佐の使命を帯び、内政官としてかの国に潜入いたしました。帝国とほぼ同様の目的をもって任務にあたっていたのです」


 もういいよ、どうせなんかやらかしたんでしょ?

 覚悟はできてるよ。


「しかしここで問題が発生しました。王国は普通に魔王軍と戦ってるだけで何も問題が発生しなかったんです!」

「・・・は?」


 どういうこと?


「ご安心ください、それでも問題はなんとか解決しました」

「え?問題は発生しなかったんじゃ・・・」

「はい、暇だったんでひとっ走り魔王軍の侵攻妨害をすることによって成果を挙げてきました」

「いや、あまり目立つようなことはするなと言っておいたはずなんだけど」

「大丈夫です、直接は手を下していません」


 ラーサはえっへんと胸を張った。


「地震、洪水、噴火、暴風。あらゆる自然災害を駆使し、ルイ様が守護する世界を脅かすクソ野郎どもを弄んでやりましたよ。アーハッハッハ」


 あー、この子はもうだめかもしれない。


「ちょっと待って。そんなことしたらその辺の地形が・・・」

「ああ、なんか森が焼け野原になったり、街が一つ廃墟になったりしましたが問題ありません。ルイ様を煩わせる愚か者どもに天罰を与える上での些細な犠牲です」

「うわー」


 一番問題なさそうな王国で一番問題が起きていた。

 まさか部下に上げて落とされることになるとは。


 しかしここまできてようやく予想が確信になる。


 使徒の暴走を抑止することに失敗していた。


 彼らは基本的に生きているスケールが大き過ぎて細かいところにまで気が向かないのだ。

 多少の失敗を失敗とすら認識しないような存在に、僕が求めるような結果を望むのはおこがましいということなのだろう。


 だからこそ彼らの中で信頼に足る、つまり良識あるものに指揮を任せることでその辺は制御できるようにしていたはずなのだが、今回はそれが働いていない。


 つまりこの惨状を許容したのは紛れもない、この作戦における僕の次に権限を持つもの、僕より一つ下の席で満足気に相槌を打っているこの子、スッチーだ。


 思わず頭を抱えた。

 

 今回の緊急事態に際して、人員不足からその場にいた中で一番古参のスッチーに初めて指揮を任せたのがまずかったか。


 確かに前々から少し僕を崇拝しすぎるきらいがあったけど、さすがにそれをここまで仕事に持ち込んでくるとは思わなかった。

 この様子だと部下の暴走を止めるどころか助長したに違いない。

 でなければこの地獄の会議を地獄と認識しているのが僕だけという状況に説明がつかないではないか。


 人選を誤った。

 これは紛れもなく僕のミスである。

 よって責任は取らなければならない。


 混沌渦巻く会議の中で、僕はゆっくりと立ち上がった。


 僕が動いたことでみんながこちらに視線を向ける。

 妙にその瞳が輝いているが、そんなことは無視して口を開いた。


「まずはご苦労様と言っておこう。僕のいない一カ月間、君たちの尽力によって魔王軍を食い止めておいてくれたことには感謝している。よくやったと言ってやりたい気持ちで一杯だ」


 僕の言葉に使徒たちが嬉しそうにはしゃぐ。


 僕だって彼らが頑張ったことは理解している。

 素直に褒めてあげたいという気持ちに嘘はないのだ。


 しかし残念ながら仕事というものは結果を求められる。

 特に僕たち使徒の一挙手一投足は世界を大きく変えることになるのだから細心の注意を払って当然だ。


 妥協してはいけない。

 少なくとも僕の管轄ではそれを許した覚えはない。


 それが使徒ルイとしての理念であり、やり方である。

 

「だがそれでもあえて僕はこう言おう。今回の君たちの働きははっきり言ってクソである」


 さっきまでの元気な喧騒が嘘のように消えた。

 その場にいる全員が僕の顔を驚いた顔で凝視している。


「規則を忘れたか。僕たちの干渉は最小限。国を支配下に置くなど言語道断。許可なき破壊行為を許した覚えもない。君たちが今回行ったことは明らかに過干渉、やりすぎだ」


 ああ、本当に嫌だ。

 普通に無難にやってくれていたらこんなことを言わなくて済んだのに。


「よってこれから一週間かけて、世界を修正する。残念ながらその間、君たちに休みはない。言葉の通り、休憩時間は一切与えない。君たちがやらかしたことの尻拭いを終えるまでは。その過程で教育も行う。今後このようなことが無いように」


 僕の言葉を聞くにつれて、彼らの顔が青ざめていく。

 本人たちとて、このような展開になるとは予想していなかったのだろう。


「それではたった今から緊急作戦を開始する。諸君、これ以上僕を煩わせるなよ」


 僕の発令とともに、これから地獄がはじまることを、その時になってようやく全員が理解したのだった。

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