第20話 夜の邂逅
夕方遅くに冒険者ギルドからのお使いがルイ様の伝言を持ってきた。
どうやら今夜はこちらに来られないとのことで、合流は明日の朝になるそうだ。
こちらとしてはもう出発の準備を終わらせ、あとはただ明日になるのを待つだけとなっているので本当にやることがない。
それに昼間少し寝てしまったせいで寝る気にもなれず、割り当てられた部屋の中でただボーっとしているのが現状だ。
しかし暇だからといって心穏やかなわけではない。
むしろ最近になって思い悩んでいることはこうして何もしていないときにこそ私を苛む。
それを振り払いたくて、私は部屋を出た。
夜風に当たりたくなったのだ。
少し歩いて教会の敷地内にある庭でベンチを見つけたので、そこに腰を下ろす。
そして特に思うところもなく上を見上げると、空にはずいぶんときれいな光景が広がっていた。
王都のような都会ではないこの街は、夜になると明かりがほとんどなくなる。
人工の光がないおかげで、天然の星々が空に浮かび上がっていた。
生まれてこのかた見たことがない満点の星空が、私の視界いっぱいに広がっている。
星でも数えていれば、このよくわからない感情と向き合わずに済むのだろうか。
そう思って本格的に星を数えようとしたその時だった。
「こんな時間にどうしたんですか、聖女様」
心臓が飛び出そうになった。
なんたって今無防備にアホ面下げて空を見上げているのだ。
聖女としての威厳もくそもない。
一瞬で姿勢を正して後ろを振り返ると、そこには勇者様がいた。
「ゆ、勇者様こそいかがいたしましたか?何か準備し忘れたものでも?」
「いや、俺の部屋からここに座っている聖女様が見えたのでどうしたのかと思って」
そう言って勇者様は私の隣に腰かけた。
「聖女様、少し元気がなかったみたいなので心配してたんですよ。何かあったんですか?」
「それは・・・」
私はいったい何をやっているんだろうか。
本来こんなのは立場が逆なのだ。
彼が悩み、私が支える。
それがあるべき姿のはず。
しかし実際は情けない姿を晒しているのは私の方だった。
本当に救えない。
その鬱屈とした気持ちのせいか、意図せず口が開いてしまう。
「勇者様は怖くないのですか?」
「怖い?何がです?」
「全部です。これから一人で魔王領に行くこと、魔王と戦うこと、負ければ世界が終わること、その何もかもが怖くはないのですか?私でさえこんなに怯えているのに、どうしてあなたは怯えないのですか?あまつさえ人の心配までして、私にはそれが理解できません」
驚くほどに口が回った。
言ってからしまったと思うがもう遅い。
ここ最近感じていた一種の焦燥のようなものが、ここに来て面をあげてしまったのだ。
勇者様は突然の私の言葉に一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの様子に戻って優しく微笑む。
その様がまた私をイラつかせた。
険しくなる顔を隠すように私が視線を逸らすと、そのまま辺りに沈黙が満ちる。
しばらくの間、その静寂の中で私と勇者様は並んで座っていた。
やがて隣に座る彼は、ポツリと言葉を零す。
「ああ、なんていうか、そう見えてたんだったらよかったというか」
それはなんとも歯切れの悪い言葉。
「そりゃあ怖いですよ。そんなの当たり前じゃないですか」
そしてそれはひどく弱弱しく発せられた声だった。
「それでも俺は勇者だから、少なくともそうなりたいと思ってるから、俺は強くないといけないんです。たとえ最初は中身なんてなくても、外側だけでもいいから、強がっているだけですよ」
恥ずかしそうに彼はそう言う。
「・・・そうだったのですか」
「幻滅しましたか?」
「いいえ、そんなことはありません。頼もしい限りです。願わくば、その強がりが世界を救うこと祈っております」
そう言って私は立ち上がる。
まるで話を無理やり終わらせるかのように。
「明日も早いですし、今日はもう寝ましょう。ご心配していただいてありがとうございました。私はもう大丈夫です。それではおやすみなさい」
「おやすみなさい、聖女様」
勇者様は私が笑顔でお礼を述べたことに満足したのか、私を引き留めるようなことはしない。
しかし結論から言うと、この夜の邂逅は私の心をより一層ざわつかせる。
勇者様は私の問いに確かに正しく答えたのだろう。
ただその答えが正しいのは間違っているところが無いというだけに過ぎない。
そもそも私は問いかけてなどいないのだ。
なぜなら自分で自分のことがよくわからないのだから、私のこれは問いにすらなっていない。
己の中で不気味にうごめく感情が何か知りたくて、勇者様の言葉を聞きたかっただけ。
だが結局返ってきた答えを聞いても何もわからず、それどころかより一層この黒い感情は強くなった。
ああ、私はいったいどうしてしまったのだろうか。
この聖女らしからぬ心の在り方はどこから来るのだろうか。
今夜はきっと悪夢に苛まれるに違いない。
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