第19話 遠征の準備

「ここがこの街の教会支部です」

「ほえー、立派な建物ですね」


 今私はルイ様に言われた通り、補給のため勇者様と教会に赴いていた。


 街の中心で荘厳に佇むその建物はどこの街にでもあるそれと同様に、白と青を基調とする古めかしい建物だ。

 いくつか立っている尖塔のうち、礼拝堂から生えている最も高い塔の上には教会の印たる紋章が掲げられている。


 教会本部で過ごしてきた私からすれば控えめな造りをしているように見えるが、あまりこういうものを見慣れていない勇者様からしたら驚嘆に値するらしい。

 無邪気な表情で建物を見上げている勇者様を見ると、自然と笑みがこぼれてきた。


「それでは入りましょうか。たぶん今日はここで休ませていただけると思いますし、ゆっくりしていってくださいね」

「はい、失礼がないようにしないと。あ、でも礼儀とかよくわからないです」

「ふふっ、その辺のことは私に任せてください。それにそんなに気張らなくても、わからない人にうるさく言う人はいませんよ」


 そういって私は勇者様を連れて協会に足を踏み入れた。


 どうやら昨日のうちに教会と冒険者ギルドにはルイ様が連絡を送ってくれていたらしく、私たちが名乗るとすぐに司祭様が出迎えてくれる。


「ようこそおいでくださいました、勇者様、それに聖女様。本日はごゆるりとお寛ぎくださいませ」

「ありがとうございます」


 ここは私が代表してあいさつをする。


 教会におけるあれこれぐらいは私がすべてこなさなくては、本当にいる意味がなくなってしまうから。


「長旅でお疲れでしょう。さっそくお部屋にご案内いたします」


 普通教会という組織は何をやるにしても格式ばったことをしたがるきらいがある。

 本来ならこの歓迎の言葉だけでも長々と続くものとばかり考えていたのだが、案外あっさりと終わり拍子抜けしてしまった。


 おそらくこの司祭様もこちらに気を使ってそういう煩わしい形式を飛ばしてくれたに違いない。


「部屋はこちらの二部屋をお使いくださいませ。食事の時間になったらお呼びいたします」


 しばらく歩いて宿舎となっている建物の一室まで案内されると、司祭様はそのまま下がっていってしまった。

 ここまで何も無いというのも珍しいことだが、そのことにほっと一安心している勇者様を見てそれでよかったとも思う。


「それでは勇者様は部屋でお休みください。旅の準備は私の方でやっておきますので」

「え、そんなの悪いですよ。俺も手伝います。それに武器とかは自分で見ておきたいですし」

「そうですか。では食事をいただいた後に取り掛かることにしましょう。それまではお互いお部屋で休むということで」

「わかりました。それでは後ほど」


 そう言って部屋に入る勇者様。


 それを見届けて私も部屋に入る。


 そしてそのまま倒れるようにベッドに入り、私は意識を失った。

 

―――――――――


 どれくらい眠っていただろうか。


 どうやら慣れない長旅と久しぶりの安心感でついつい気が緩んでしまったようだ。


 ドアが叩かれる音で目を覚まし、慌てて返事をすると、食事の時間だと告げられる。

 慌てて乱れた髪を整え部屋を出ると勇者様が出迎えてくれた。


「すみません、遅くなりました」

「ははっ、寝てたんですか。そんなに慌てなくてもいいのに」


 恥ずかしさのあまり私は顔を赤くするが、勇者様は笑って出迎えてくれる。


「聖女様も今回の旅は大変でしたからね。しばらくはゆっくりしてください」

「ありがとうございます」


 食堂に向かう道すがら、勇者様は私にそんな言葉をかけてきた。


 その横顔はどこか穏やかで、見たものをひどく安心させる。


 しかしどういうわけか、勇者様のその様子に私はひどい違和感を感じてしまった。


 だって私のことなどどうでもいいのだ。

 どうせしばらくはただ教会に引きこもる、いつもの平和な日常に戻るだけなのだから。


 でもあなたは違う。


 これから戦場へと赴き、一人孤独な戦いを強いられるあなたこそ、労わられるべき存在なのだ。

 私のことを思いやる時間があるのなら、ぜひその時間を自分のために使ってほしい。


「聖女様、大丈夫ですか?体調が悪いなら部屋で休んでた方がいいですよ」

「問題ありませんよ。それに・・・」

「それに?」

「・・・なんでもありません。本当にご心配には及びませんから、気になさらないでください」


 私を気にかけてくれることが気に食わないなどさすがに口にできず、その場は笑ってごまかした。


 勇者様のその様子は食事中も変わらない。


 明日からのことなどおくびにも出さず、ただご飯がおいしいとか、教会が綺麗だとか、そんなことばかり司祭様と話している。


 どこかモヤモヤとした気持ちを抱えながら彼を観察していると、いつの間にか食事は終わっていた。


「司祭様、勇者様に支給される物資についてなのですが」

「ああ、それなら心配には及びません。本部からも追加の支援物資が届くそうですから、必要な分を好きなだけ持っていってください。武器なども多少は揃えてありますゆえ」


 司祭様はそう言うと、私たちを教会の裏手にある倉庫に案内してくれた。


 ここにあるものなら持っていっていいということだったので、遠慮なく物色させてもらう。

 とりあえず必要そうなものを二人して持ち寄り、最後にそこから厳選しようという算段になった。


 勇者様はご自身の武具関連の選定をしているようだったので、私は食料などの生活に必要そうなものを探す。


 私は勇者様とのダンジョン探索のときのことを思い出しながら、彼が好んで持ってきていたものをそのまま再現することにした。


 一時間もしないうちにお互いそれなりに当たりを付け終わり、それぞれ持ち寄っての品評会が始まった。


 勇者様が選んだ武具に関しては、使用する本人が一番よくわかって選んでいるという理由から、私が口を出すことは無いという結論にまず至る。


 問題はそこからだった。

 私が選んだもののうち、食料関連のものが悉く勇者様に不評だったのだ。


「どうかしましたか、勇者様。これらは勇者様が愛用していたものだと思っていたのですが」

「え、あ、うん。そうでしたね、あはははは・・・うぷっ」


 直接口にこそ出さなかったが明らかに顔が青ざめている。


 いったいどうしたのだろうか。

 勇者様の好物ばかり集めたと思ったのに。


「いやなんというか、その、もう少し普段の食事に近いものを、なんていうのは贅沢なんでしょうか」

「え?」

「いや、ほら今回はそんなに長い旅でもないし、多少足が早いものでも大丈夫じゃないかなと」

「まあそういう考え方もできるとは思いますが」

「いろいろと試してみるのも大事だと思うんですよ!だからあっちのパンとか持っていきたいです!」

「確かにそうかもしれませんね。でも大丈夫ですか?ずいぶんと顔色が悪いようですが」

「だ、大丈夫ですよ、全然平気です。決して嫌なことを思い出したりなんかしてません」


 勇者様の表情は最終的に和らいだが、いったいなんだったのだろうか。

 私は何か失敗したのだろうか。


 本当に謎である。

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