第18話 次の役目
久しぶりの陽の光を堪能する暇もなく、私たち勇者一行は最寄りの街に帰還した。
傷は治療したといっても勇者様は疲労と栄養失調で、とてもではないがまともに動ける状態ではない。
街につくなり、勇者様は宿に放り込まれる。
ルイ様曰くとりあえず寝たら治るだろうとのことだった。
適当だ。
そして今、一晩寝た勇者様は私とルイ様の目の前で朝ごはんを食べている。
顔色は少し良くなっていた。
前と同じように三人で食卓を囲えていることが今は素直にうれしい。
ここ最近はルイ様と二人きりで過ごしていたが、この人は用事があるときか、こちらから話しかけたとき以外まったく口を開こうとしないから非常に気まずかったのだ。
本人は一切気にした様子もなく淡々と過ごしていたが。
まあでもこの二人が無事元通りになったので私も安心して食事にありつける。
と、勝手に一人呑気なことを考えながらご飯を食べていたのだが、事態はそこまでゆっくりとは進んでくれない。
今も世界は滅びに向って確実にその歩みを進めているのである。
こうしてのんびり食事をとれるのも今日くらいのものだ。
その証拠にこれからさっそく今後の方針を決める作戦会議が始まる予定であり、私も勇者様もルイ様が話し始めるのを今か今かと待っていた。
勇者様もだいぶ力をつけたので、いよいよ本格的に魔王討伐に向けて動き出すのだ。
逸る気持ちが出てしまうのも仕方ないだろう。
「師匠、この後俺たちはどう動くんですか?俺ならもう大丈夫です。一晩寝たら色々回復しました。いつでも戦えます!」
勇者様は鼻息荒くルイ様に迫る。
それに対してルイ様の方は相変わらず無表情だった。
「あ、そう。じゃあとりあえず一体目の幹部行っとこうか。そうだな、ここから一番近いこいつとかいいんじゃない?」
そう言うとルイ様は地図を取り出して、ある点を示す。
そこはここから普通に歩いて一週間ほどかかる距離に位置している場所だった。
「ここにいるのは魔犬ベロベロ。四足歩行型の魔物で、唾液に触れると溶かされるから気を付けてね。必要な物資は教会に行けばもらえるだろうから二人で言ってきて。今回は一人分の食料だけだから、そんなに大荷物にはならないと思うよ。じゃあ僕も用事があるからこれで失礼するね」
そう一気に捲し立てたルイ様が、説明は終わったとばかりに席を立ちあがる。
言うだけ言って去ろうとするのもどうかと思うが、それとは別にルイ様の説明の中に聞き捨てならない言葉が混じっていたのを勇者様も私も見逃さなかった。
「ま、待ってください。ルイ様は同行しないんですか?」
私の発言に勇者様も首をぶんぶん縦に振っている。
しかしそんな様子の私たちに対して、ルイ様は心底不思議そうに言葉を返した。
「は?何言ってんの?前も言った通り魔王領に入り込めるのは勇者だけなんだからここからは別行動だよ」
「「ええ?」」
二人そろって大きな声を出してしまう。
「ついてきてくれないんですか?」
「だからついていけないんだって」
「では私とルイ様はこれから何をするんですか?」
「まあ魔王討伐に関する戦闘および遠征以外の勇者の支援かな。他には特にないよ」
「「そんな・・・」」
今度は呆気にとられて声が出せなくなった。
そう言えばそんな事情があったことをすっかり忘れていた。
私としては今後も勇者様に随伴して、誠心誠意お仕えするつもりでいたのに、これではお役御免も同然である。
「師匠、俺はまだまだ未熟です。師匠に鍛えてもらわないと魔王に勝てませんよ」
「いやそんなこと言われても、魔王領に行けるのは君だけだし。それにこれは一応師匠としての指示なんだけど。これからは幹部を倒しながら力をつけるんだよ。今までと違うのは僕たちが近くにいないということだけ。僕が指示して、君が敵を倒してきて、戦いから帰ってきたら聖女が傷を癒す。今までとやることはあんまり変わらないでしょ?」
「えー・・・・」
勇者様はやはり納得いかないのか口をへの字に曲げている。
なんとも微妙な表情だ。
私としてもこのまま勇者様を単独行動させるのは賛成しかねる。
万が一があると思うと不安でいてもたってもいられない。
「ルイ様、勇者様以外の方が魔王領の瘴気に耐える術はないのですか?」
「無いね」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
「確かに僕が知らない方法があるのかもしれないけど、魔王が世界を滅ぼすまでにその方法を見つけるなんて現実的ではないね」
「・・・」
「気持ちはわからないでもないけど、我慢してよ聖女。君の役目は遠征から帰ってきた勇者の治療なんだ。それ以外にできることはないよ」
「そんな・・・」
バッサリと切り捨てられて黙り込んでしまった私からルイ様は視線を外すと、今度は勇者様に向き直る。
「勇者、僕たちがついていけるのは最寄りの街までだ。そこから先は君一人で魔王領に潜入し、できるだけ迅速に幹部を討伐して街に戻る。これを4回繰り返せばいい。そしたら魔王城を守る結界が開く。それが当面の君がなすべきことだ」
「・・・俺一人で大丈夫でしょうか」
「さあ?でも勇者になりたいんでしょ?」
ルイ様はこういうとき変な慰めはしない。
勇者様の不安になど興味が無いと言わんばかりの対応だ。
だがそんなルイ様の対応にも思うところがあったのか、勇者様はしばらく俯いた後顔を上げた。
「わかりました。俺一人でなんとかしてみせます」
「うん、その意気だよ、勇者」
今度こそ話は終わったとばかりにルイ様は立ち上がる。
「じゃあ僕はちょっとこの後ギルドに途中経過を報告しに行かなきゃいけないから後は任せたよ。出発の準備は二人でやっておいて」
そう言い残すとルイ様は今度こそ立ち去ってしまった。
その後ろ姿を見送っていると、続いて勇者様も立ち上がる。
「じゃあ俺たちも行きましょうか」
「・・・そうですね」
勇者様に促されるまま立ち上がるも、どこか不安な気持ちを拭い去ることが私にはできそうもない。
たとえ本人に覚悟ができようと、その周りの人間がそれに納得できるとは限らないのだ。
役目もなく、ただ勇者様を見送ることしかできない自分が、情けなく感じてしまったのはきっと仕方のないことなのだろう。
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