第16話 ルイの思惑

 神は世界を創るときに法則を定める。


 その法則は絶対的なものであり、たとえ使徒であってもそれに逆らうことはできない。


 それぞれの世界が異なる法則に支配される中で、その理解を怠れば使徒でさえ世界に呑み込まれることもあるだろう。


 だから僕たち使徒が世界に関わろうとするならば、まずはその法則を理解しなければならない。


 ではどうやって使徒はそれを知るのか。


 答えは“原典”である。


 世界創造とともに創られるその一冊の本こそが、その世界を語るのだ。


 さて、ではその原典に基づいて語る今回のこの世界とはどういうものなのだろうか。


 かつてこの世界にある人間を転移させたことがあったが、そのとき彼はこの世界をこう評した。


 剣と魔法の世界。


 彼がもともといた世界は平和そのものだった。

 誰も武器を持たず、誰も戦わず、すべては話し合いで決められていく、そんな世界。

 一見問題ないように思えたその世界だが、そこが滅びと無関係だったかと問われれば否と答えることになる。


 まあしかしそれはまた別の話。

 今論じるべきはこの剣と魔法の世界と評された世界のことだ。


 結論から言ってこの表現は間違いである。


 確かに剣と魔法の存在を特徴と呼ぶことはできるが、それはこの世界を表す上での本質を捉えていない。


 僕がこの世界を一言で言い表すならこう言う。


 ジョブとレベルの世界。


 これがこの世界のすべてだ。

 剣だの魔法だのはあくまでその副産物でしかない。


 同じレベルの生産職の人間と戦闘職の人間が戦ったら生産職の人間に勝ち目はないし、レベルが違う戦闘職同士で戦えばレベルが高い方が勝つ。


 この世界で大成するには才能と、それに見合った努力が必要なのだ。


 つまり自らをきちんと育成したものが強いということ。


 レベルの上がり方はジョブによって異なるが、自分に適した修行をしていればおのずとレベルは上がっていく。


 例えばジョブが商人なら商品を取引すればするほどレベルが上がり、交渉が上手になったりする。

 戦士は戦えば戦うほどレベルが上がり、筋力が上がったりする。


 彼ら自身には自分のレベルを把握することはできないが、確かにそれは数値として存在し、現象に影響を与えるのだ。


 それがこの世界の創造主たる神の創りし理。


 何人たりともこれを覆すことはできない。


 ではこれを踏まえた上で、勇者育成の話をしよう。


 そもそもなぜ僕が勇者をダンジョンに閉じ込めたのか。

 それは彼を最も効率的な方法で育てるためだ。


 ジョブとして勇者と魔王は同格、つまりレベルが高い方が強いということ。

 勇者が魔王に勝つためにはそのレベルを魔王のレベルより高くする必要がある。


 そして勇者のレベルアップの条件は魔物を倒すこと。

 それ以外に成長条件はない。


 歴代の勇者であれば魔王出現時に“瘴気”に耐性があるレベルにまで育っていたので、経験値効率の良い魔王領でレベルを上げることができた。


 そしてさっさとレベル差をつけて、魔王を一方的に殴ってきたのだ。


 しかし今回の場合はそういうわけにもいかない。

 まずは全く育っていない勇者を魔王領に入れるレベルにまで育てる必要があったのだ。


 だから僕は勇者を安全かつ断続的に魔物と戦わせるためにダンジョンに押し込んだ。


 このダンジョンは勇者育成のために僕が用意したものである。

 低レベルから高レベルまでの魔物が奥に進むにつれて順々に出現するこのダンジョンを踏破することで、勇者は魔王領の瘴気に耐性を持つレベルにまで育つ。


 具体的な目標はレベル50。

 ここまで育てば瘴気の影響を受けずに済む。

 最下層のサイクロプスを倒せばこのレベルに到達する計算だ。


 ここまで来てようやくスタート地点。

 逆に言えば、ここまでが今回生まれてしまった遅れである。


 まずはそれを解消するためにも勇者にはダンジョンで戦ってもらわなければならない。


 もし仮に勇者と聖女に僕の計画を伝えるとしたら、こういう経緯を説明しなければならなかっただろう。


 しかしそれは僕たち使徒にしか理解できないこと。


 ジョブだの、レベルだの、そういう法則を知らないこの世界の住人は、いくら僕が理に適った行動をとっていても、それが正しいと認識できないのだ。


 だから最初から理解を得ようとは考えていない。

 適当な嘘をでっち上げるくらいなら、最初から何も言わなければいい。


 そういう方針で行くことにしている。


 問題はそれで勇者が僕にちゃんと従うかどうかだ。


 勇者がおとなしく指示に従うのならそれが一番楽。

 しかしそうはならないこともなんとなく予想がついた。


 なぜなら勇者は弱い己を信じていなかったから。


 己が信じられないから、少しでも早く己が勇者であることを証明したがる。

 己が信じられないから、己の想像する勇者とはかけ離れた活動をする状況に我慢ができない。


 そういう展開はちょっと考えれば容易に想像がつく。


 ここで重要なのは勇者が離反するかどうかではなく、離反したとしても彼が地上にではなく最下層に向かうかどうかということだった。


 僕に求められることはそうなるように勇者を誘導すること。


 しかしこれもそう難しいことではない。


 勇者を誘導するうえで最も簡単な判断材料となるのは、上に上がるのと下に下るのとでどっちが早く帰還できるかだ。


 これに関してはそれとなく最下層に転移陣があることをほのめかし、攻略が半分を超えたところで衝突が起こるようにすればいい。


 そして結局そうなった。

 むしろ途中からはそうなるように彼を挑発したまである。


 僕は一度勇者を本気で追いつめることにしたのだ。


 彼が勇者として戦うには、一度己と向き合わなければならない。

 遅かれ早かれそうしなければならないのなら、早い方がいいだろう。


 だから僕は勇者を煽った。


 煽れば必ず勇者は動く。

 なぜなら図星だから。


 自分が一番言われたくないこと。

 自分が一番自覚し、恐れ、そして認めたくないこと。


 それを言われてしまえば、彼は羞恥で燃え上がる。


 そして燃え上がり、怒り狂った後に燃え尽きて、彼は何かの結論に至るだろう。

 それが決意になるか、妥協になるかは彼次第だが。


 まあ結果がどのようなものになるにしろ、ここまでは計画通り進んでいる。


 そして今、僕の目の前では最後の仕上げとばかりに勇者がサイクロプスと遭遇し、戦闘を開始した。


 僕たちと別れてからひたすら戦い続けてきた勇者のレベルは、僕の予想より少し高い数値を示している。


 ならば勝利は必然。


 まもなく勇者に立ちはだかっていた巨体が崩れ落ちる。


 それと同時に彼のレベルを視た。


 レベル51。


 勇者は無事目標を達成した。


 あとは彼がここまでの道のりを通じて、何を感じ、どのような結論を出したか、それを確認するだけである。

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