第15話 爆発

 わずかな気配に目が覚める。


 あの人たちと別れてから、自分の命は自分だけで守らなくてはならなくなった。

 この神経質なまでの敵感知はそれゆえに身に着いたもの、自衛のための本能だ。


 これに反応があったということは、おそらく魔物が近くまで接近しているということだろう。


 決して深くはない眠りを邪魔されたことによる苛立ちを覚える。

 しかしもう慣れたものだ。


 気怠い体を無理やり引きずり起こすと、俺は剣をかまえた。


 暗闇を見据え、その奥に存在するはずの敵へと視線を注ぐ。

 

 やがてそれは姿を現した。


 まず真っ先に目に入るは獅子の頭、次に山羊の体、最後に蛇の尻尾。

 この深さまで来てから出てくるようになった厄介な敵、キマイラだ。


 寝起きに戦いたくはない相手だが、そんなわがままは言っていられない。

 なにせ命が懸かっている。


 こんなところで止まるわけにはいかないんだ。


 俺は勇者。

 魔王を倒す者。


 たとえ一人になろうとも、必ず生きてこのダンジョンから出てみせる。


 決意を新たに、俺はキメラに挑みかかるのだった。


――――


 あれから何日くらい経ったのだろうか。

 よくわからない。


 戦って。

 食べて。

 寝て。

 また戦って。


 それだけをただ繰り返してきた。

 それ以外に何もしていない。

 とっくに時間の感覚なんて無くなってしまった。


 今が何時かもわからないけれど、とりあえず腹が減ったのでご飯を食べる。

 

「もうこの携帯食料にも飽きたな」


 呑気にそんな独り言をつぶやくが誰からも返事はない。

 寂しい食事だ。


 それにいい加減、この味の変わらない食事にもうんざりしている。


 はっきり言ってこのくそまずい食事は魔物との戦闘よりも不快だ。

 生きるためにいやいや食べているが、早く地上に戻っておいしいご飯が食べたい。


 そんなことを考えているとふとあの人のことが頭に浮かんだが、余計なことを考える前に瞬時に意識から消し去った。


 ふざけんな。

 こんなことで負けてたまるか。


 変なことを考えないうちに、さっさと先へ進むことにする。

 体を動かしている間は嫌なことを忘れられるから。


 そしていつも通りの日常。


 ひたすら戦って前に進む。

 眼前の敵をただ切り伏せるだけの作業。


 最近は体が軽くなったように感じ、戦闘も捗るようになった。

 常に意識を張り巡らし、奇襲にも対処できるように構えておく。

 無理に倒すのではなく、無傷で倒すように心がける。


 必要最低限の動きで、より効率的に。


 そうして戦った後には魔物の死体が積みあがっていく。


 もっと強く、もっと早く。


 もっと、もっと、もっと・・・。


――――


 それからまたしばらく経って。


「・・・眠い」


 本日三度目の食事を終えると俺は横になる。


 硬い地面の上で寝るのは本当に不快だ。

 どれだけ寝ようと疲労が回復する気がしない。


 最初は壁によりかかったり、そのへんの岩に腰かけたりといろいろと試したが無駄だった。

 結局翌朝体が痛くなった状態で目を覚ますだけ。

 横になるのが一番マシだ。


 そう思って目を閉じる。


 冷たくて固いベッドの上で、大して気持ちよくもない眠りに落ちようとすると、またあの人の顔が浮かんだ。


 勘弁してくれ。

 寝るときくらい出てくるな。


 結局その日は疲れているのに羊を1324匹数えるはめになった。


―――――――


 また目が覚める。また食事をとる。また前に進む。また戦う。また寝る。また目が覚める。また食事をとる。また前に進む。また戦う。また寝る。また目が覚める。また食事をとる。また前に進む。また戦う。また寝る。・・・・


「うわあああああああああああああああああああああああああ!」


 ついに限界を迎えた。


 魔物だろうが、壁だろうが、その辺の岩だろうが、なんでもいいから俺は周りにあるものを片っ端から壊し始める。


「くそがぁぁぁぁぁ、いったいいつになったらここから出られるんだぁぁぁぁ」


 持っていた荷物を思いっきり地面に叩きつける。

 衝撃で袋が破けて中身がぶちまけられてしまった。


 だがそんなことはどうでもいい。


 クソまずい携帯食料が目に入ると、迷わず一つ残らず踏みつぶす。

 持っていた水もその辺にぶちまけた。


「あああああああああああ!全部てめえのせいだぞ、魔王おおおおおお!今度会ったらタダじゃおかねえからなぁぁぁぁ!」


 意味不明なことを喚き散らしながら俺は走りだした。


 途中魔物が出ようが何が出ようが知ったことではない。

 すべて蹂躙し、ひたすら前に進む。


「いつまでもダラダラと続きやがってこのクソダンジョンがぁぁぁぁ「!」


 もうなんにでもいいから八つ当たりがしたかった。

 これ以上感情を抑えることができない。


 ここから出たい、ここから出たい、ここから出たい、ここから出たい・・・


 ただそれだけを願って、俺は走った。


 そうしてがむしゃらに突き進むことしばらく。


 時間も忘れて走って、喚いて、戦っていると、ふと目の前の視界が広がった。


 ずっと薄暗かったこれまでとはうって変わって、周囲は明るい。

 周りは水で囲まれていて、まるで湖に浮かぶ小さな小島のような構造をしている空間に俺は出ていた。


「・・・なんだここ?」


 突然現れた謎の空間に戸惑い、辺りを見回していると、奥の方に一際輝く空間が目に入る。

 よく見れば魔法陣のようなものが浮かび上がっているではないか。


「・・・出口か?」


 さっきまでのどす黒い感情が嘘のように引いていく。

 代わりに浮かび上がったのはなんであったか。


 およそ人間が感じうる正の感情をその一瞬で味わったかのような気持ちになる。

 

 知らず知らずのうちに足を動かしていた。

 最初は少しずつ歩み寄って、そのうちそれは駆け足になる。


「やっと、やっと出られる」


 心が打ち震えた。


 外に出たらまずは何をしよう。


 そうだ食事だ。

 その後はいい宿をとってぐっすり寝よう。


 そして魔王をしばきにいく。


 完璧だ。

 これで俺は勇者としての役目を終えて平和な世界で幸せに暮らせる。


 これはそのための第一歩、記念すべき門出。


 笑顔で走る。


 しかしそんな幸福な時間はいつまでも続かなかった。


 足取り軽く小島を半分くらいまで走破したところで、突然異変に襲われる。


 それに反応できたのはここ数日の試練のおかげであったと言えるだろう。


 目標を目の前にして浮かれ切った心の中にわずかに残っていた警戒心。

 それがなかったら確実に死んでいた。


 強烈な気配を感じた瞬間、俺は力の限り後ろに飛びのく。


 そうしてみる眼前、俺がさっきまでいた地面から巨大な腕が生えていた。

 その腕は獲物を逃したことが悔しいのか、しばらく周りを調べるように手探りしていたが、やがて諦めて地面に手をつく。


 そして腕に力が入るのと同時に地面から現れるその全容。


 おそろしく巨大な体躯が目の前に現れた。


 手足があり、頭が付いていて、人の形によく似ているが、明らかに異様な点が一つある。


 巨大な単眼。


 立ちふさがったその魔物の名は、サイクロプス。


 絶対的な破壊者が今、最後の砦として目の前に君臨する。


 その威容を前にして、少し前の自分だったら恐怖で動けなくなっていただろう。


 だが今はそんな心配はない。


 俺の心にあるのはただ目の前の障害を打破せんとする強烈な意志だけ。

 これさえあれば何も怖くはない。


「クソがっ!邪魔すんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!」


 咆哮とともに、俺は敵に向って走り出すのだった。

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