第14話 試練
「お待ちください!」
私は離れていく勇者様を慌てて追いかけようとする。
しかし後ろからルイ様に肩を掴まれて、それは叶わなかった。
「放して!」
思わず声を荒げてしまう。
このままでは勇者様が危ない。
ここで彼を孤立させることだけは避けなければならない。
しかし引き留める手を必死で振り払おうともがいても、結局その拘束から抜け出ることはできなかった。
そうこうしている間に、もう勇者様の姿は見えなくなっている。
私は焦った。
冷や汗が全身から噴き出る。
彼は勇者なのだ。
紋章を持っていた。
お告げもあった。
証拠などそれで十分ではないか。
なにより彼が勇者でなかったら、この世界は終わってしまう。
彼こそ最後に遺された希望なのだ。
彼を失うわけにはいかない。
「君は大人しくしてようね、聖女」
「そもそも!」
私はまた怒鳴った。
私とて慣れない旅に心労くらいはある。
それでも世界のために耐えてきたのだ。
それなのに結果がこれではあんまりではないか。
「そもそもルイ様が勇者様をないがしろにしたのが原因なんですよ!彼は勇者の役目を果たそうと必死になっていたのに、あなたがそれを踏みにじった。このまま彼を一人にしたら死んでしまう。そしたら世界は終わりなんですよ!」
ここに来て私も怒りが抑えられなくなってきている。
ここ数日の不平不満が胸の奥底から湧き上がってくる。
もっとやりようがあったはずなのだ。
こんな風に決裂することなく無事地上に帰還して、勇者様に魔王を討伐してもらう方法がいくらでもあったはず。
この人はそれを台無しにした。
「あなたこそ本当にあの方の師と呼ばれるにふさわしい人間なのですか!これならまだ我が教会の騎士団長にでも依頼した方がマシでした。勝手に勇者かどうか疑って、突き放すようなことを言うあなたに彼の師を名乗る資格などありません!」
生まれてこのかた出したことがないような荒々しい声がのどから溢れ出してくる。
「はああ・・・面倒くさいなあ・・・」
しかし私の渾身の叫びは、ため息によって返された。
「君が追いかけても意味ないよ。というより勇者の足を引っ張ってそれこそ終わりだ」
「なっ」
「君の治癒は安全な状況で時間をかけて行うものだ。その状況が無い限り君はただのお荷物、足手まとい、守られるだけの存在。そんなものが今の勇者と一緒にいてもただの枷さ」
「そんなことありません!」
「治癒が無いなら、無いなりの戦い方がある。彼も馬鹿じゃない。それぐらいはわきまえて戦うさ」
「でも!」
「勘違いするな」
私がなおも言いつのろうとするのをルイ様が遮る。
その声は今まで聞いたどんな声よりも厳かで、そして恐ろしかった。
まるでこちらの罪を問うようなその声に、私は思わず黙り込む。
さっきまでの怒りはどこへやら、こちらがルイ様を責めていたのが嘘であったかのように何も言えなくなってしまう。
そして動けなくなってしまった私に向かって、彼はゆっくりと口を開いた。
「これは試練だ。断じて修行なんかじゃない。そんなことをしている暇はない。今僕たちが置かれている状況はそれほど逼迫している。多少荒療治になろうともこれは必要なことだ」
まるでこの世の心理を説くがごとくその口から言葉が漏れ出る。
「彼は示さなければならない。己自身に、己が勇者であることを」
その言葉の意味が、そのとき私にはわからなかった。
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