第13話 不協和音

「ルイさん、あとどれくらいダンジョンにいるつもりなんですか?」

「ん?もうしばらくかな」


 異変というか、違和感が生まれ始めたのはダンジョンに入って半月程が経った頃からだった。


 現状勇者様がしきりと修行の早期切り上げを持ち出しては、ルイ様がそれを否定する日々が続いている。


 おそらく勇者様のこの言葉は、地上の状況を心配してのことなのだろう。


 私としても勇者様が早く地上に戻って魔王軍とたたかい始めることには賛成だ。


 はっきり言って魔王軍と戦いながらでも今と同じような修行内容にはできたはず。

 わざわざダンジョンに潜ってまで勇者様を戦わせている理由が私にはわからなかった。


 他にもいろいろと聞きたいことはある。


 そもそもこれまでルイ様が私たちに対して修行の詳しい説明を一切していないこと自体おかしいのだ。

 そろそろ魔王討伐のための今後の活動について話し合うなりなんなりしていくべきだと思ってしまうのはごく自然なことだろう。


 だから私は勇者様がルイ様に詰め寄ることを止めはしなかった。

 ここで一度ルイ様の考えをはっきりさせておこうと思ったのだ。


 しかし彼の返答がこれまでと変わることはなかった。


「しばらくって・・・、具体的にどれくらいですか?」

「君が十分成長するまで」

「だからそれはいつなんですか?」

「それは君次第だよ、勇者」


 ルイ様は取り合わない。


 そして勇者様が苦い顔をする。


 ここ最近勇者様とルイ様の関係はこれが原因でうまくいっていない。

 最初のころはルイ様を信頼して勇者様を諫めていたのだが、ここまでくると不和を改善する意味でもルイ様にはちゃんと答えてほしい。


 そう思って私も勇者様に加勢する。


「十分成長したというのはどうやって判断するのですか?」

「最下層まで行けたらだよ」

「でももうダンジョンに入って半月です。帰ることも考えたらそろそろ引き返すべきでは?」

「最下層までいけば転移陣があるからそれですぐ地上に帰れる。復路の心配は無用だ」


 なるほど初耳だ。

 ついでにもう少し質問をしてみる。


「今の進捗としてはどれくらいまで来たのでしょうか?」

「半分過ぎたくらいかなあ」

「半分!?」


 その言葉を聞いた瞬間、勇者様が噛みついた。


 彼は眉根を寄せて、ルイ様に詰め寄る。


「じゃああと半月以上もダンジョンで過ごすつもりなんですか!」

「まあ予定通りかな」

「地上では今この瞬間にも魔王軍と戦っている人たちがいるんですよ。なのに勇者である俺がなんでこんな穴ぐらに篭ってるんですか!」

「必要なことだ」

「ルイさん!」


 勇者様がどれだけ言葉を重ねてもルイ様は取り合わない。


 そのことが余計に勇者様を苛立たせ、対立は深まっていくばかりだ。


「ルイ様、勇者様の疑問も当然だと思います。世界を救えるかどうかは私たちにかかっているのです。私たちの意見も少しは聞いてもらえませんか?」

「必要ないな」

「そんな・・・」


 ルイ様の発言に言葉を失う。

 ここまで拒絶されるとは思わなかった。


 私が呆気にとられているのを見て、我慢ならなくなったのか勇者様が立ち上がる。


 その表情を見てこれ以上はまずいと思ったが、時既に遅し。


「ふざけんな!」


 彼は怒鳴る。


 これまで必死に抑えてきた何かが、ここにきて爆発してしまっていた。


 勇者様は柳眉を逆立てルイ様の前に立ちはだかる。


「あんたいったいどういうつもりなんだ!このままダンジョンに篭って何になる!今この瞬間に世界が滅んだっておかしくないんだぞ!」


「・・・」


「そもそもあんた本当に優秀な冒険者なのか?おかしいだろ!なんで重い荷物持ってまでベッドとか天幕なんて持ってくるんだよ!普通その辺に雑魚寝だろ!ぎりぎり毛布くらいだよ!」


「・・・」


「それに料理道具一式持ってきてるのも変だ!こういうときは携帯食料とかで凌ぐもんだろ!ダンジョン内でハンバーグ作るな!栄養バランスとか考えるな!おやつもいらねえ、紅茶もいらねえ!」


「・・・」


「どうして魔物とばかり戦わせるんだ!剣術とか教えてくれよ!今俺適当に剣振り回してるだけなんだよ!自分の戦い方が正しいかどうかもわからないんだ!稽古ぐらいつけてくれよ、なんでお願いしても毎回断るんだ!」


「・・・」


「なんでこんなダンジョンで戦ってるんだ!地上で魔王軍と戦わせてくれよ!俺は・・・俺は!」


 これまでの鬱憤が吐き出されていく。


 本当は止めるべきなのかもしれない。

 それでも今この時だけは勇者様の言葉をルイ様にも聞いてほしいという思いが勝った。


 自然と視線が当の本人に移る。


 この勇者様の言葉に対して彼はどのような反応をするのか。

 それを知りたくて、まるで祈るように向けた視線の先には・・・


 変わらず無表情の白髪の青年がいるだけだった。


 静かに佇んでいるその姿はいつもと変わらない。

 勇者様の言葉にかけらでも動じた様子はない。


 それを見て私も勇者様もひるんでしまう。

 これだけ言っても彼の言葉は届かなかったのだろうか。


 それでも最後の意地を持ってして、勇者様は吐き捨てるように言葉を投げつけた。


「このままじゃ俺はあなたを信頼できない。師匠としても、仲間としてもだ!」


「それは僕も同じさ、勇者」


 突然開かれたその口から出たのは、周囲を底冷えさせるような声だった。


 本当に温度が下がったかのような錯覚にとらわれ、思わず身震いしてしまう。

 なんの感情もなく、ただただあるがままを言葉にするような、無機質で非情な声が私たちの耳朶をうつ。


 さきほどまで不満をあらわにしていた勇者様の目にほんの少しだけ怯えが浮かび上がった。


「信頼と言ったね。確かにその通り、僕は君にいろいろと説明してないし、君と話し合うつもりもない。信頼されなくて当然」


 美しいその容姿と相まって、その怜悧な態度は私たちの心を凍らせるようだ。

 なんとも不快な感情が込み上げてくる。


 だがそんなことはお構いなしに、ルイさんは言葉を続ける。


「でもね、それは僕も同じだよ、勇者。僕も君を信頼していない」


 勇者様の目が見開かれる。


 先ほどまでの興奮が嘘のように影を潜め、その顔には恐怖が張り付けられていた。

 それ以上聞きたくないとでもいうように後ずさる。


「君は軍への入隊試験のときに試験官に負けたらしいね。別にその人が特別強かったというわけでもないんだろう?」


 それでもルイ様は止まらない。

 今までとはうって変わって饒舌に、勇者様へと語り掛ける。


「それにここに来てからの君を見ていればわかるよ。身体能力、技術、そして心。なにもかもが素人のそれ。話にならない」


 ルイ様は立ち上がり、まるで獲物を追いつめた狩人のように一歩、また一歩と勇者様に近づいていく。


 そしてとどめを刺すかの如く、最後の一言を言い放った。


「君は弱いね」


 その瞬間、勇者様の顔が歪んだ。


「今の君を勇者足らしめているのは、その手に浮かんだ紋章だけだ。それ以外には何もない。そのか細い証拠を信じて君にこうして付き合ってあげているけれど、実際問題どうなんだろうね?」


「・・・れ」


「君は本当に勇者なのかい?」


「黙れ!」


 勇者様が叫ぶ。

 まるで悲鳴のようだ。


 止めるべきだったか。

 多少の不和など気にせず、無理やりにでもやめさせるべきだったか。


 どうでもいい後悔が一瞬頭に過るがもう遅い。


 今、勇者様とルイ様は私の目の前で決裂してしまったのだ。


「もうあんたの力なんて借りない。ここから先は俺一人で行く」


 最後にそう言い残して、勇者様は一人暗闇の中に歩いて行ってしまった。

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