第11話 目覚ましオーク

 俺たちは今仲良く一緒に晩御飯を食べている。


 正直うまい。

 荷物が重いだけのことはある。


 結局あれから荷物の中身について特に何か言ったりすることはせず、黙ってルイさんに従うことを俺は選んだ。

 俺ごときではルイさんの考えていることはわからないという結論に至ったのだ。

 下手に文句を言ってこじれるよりは、こういうことに慣れているルイさんの考えに合わせたほうがいいに決まっている。


 そう自分を納得させて、皿に残ったスープを飲み干した。


 ルイさんはというと、いち早くご飯を食べ終えて後片付けをし始めている。


「それを食べ終わったら寝ていいよ。見張りは僕がしておくから」

「わかりました。何時間ぐらいで交代しましょうか?」

「交代はいらない」

「「え?」」


 ルイさんの発言に俺も聖女様も驚いて、思わず聞き返してしまう。


「ルイさんも寝たほうがいいですよ。少し寝たら交代します」

「君は余計な気を使わなくていい。ゆっくり休んで」

「でもルイ様は大丈夫なのですか?」

「僕は大丈夫。慣れているから。明日君たちが起きている時間に寝るから気にしなくていいよ」


 聖女様も我慢できずにルイさんに意見したが聞き入れてはもらえない。


 またか、という気持ちになる。


 短い付き合いで分かったことだが、ルイさんが決定したことは基本的に覆らない。

 それにどれだけ疑問を持とうが、意見しようが、言うだけ無駄である。


 ならばここは大人しく従っておくのが吉だろう。


 俺は聖女様の方に目配せして指示に従う意を示した。


「わかりました。でもきつかったら言ってください。すぐ代わりますから」


 俺はそれだけ言うと、食べ終わった食器を片付け、天幕に入って寝る準備を始める。

 剣以外の装備を外し、楽な格好になると、俺は簡易ベッドに横たわった。


 あの巨大荷物の中に入っていたこのベッドに関してはもうツッコむまい。


「疲れた・・・」


 固い地面よりは遥かに寝心地のいいベッドの上に寝っ転がると、あとはもう眠るだけとなる。

 戦闘の高ぶりがまだ抜けきらないせいで、寝る気になれなかった俺は、ぼんやりと天井を見上げながら物思いに耽ることにした。


 やはり考えてしまうのは明日からの修行のことだろう。

 今日は初日ということもあり、ひたすら魔物と戦わされたが、これからは剣術とかも教えてもらいたいところだ。

 他にも魔王に勝つために俺が学ばなければならないことはいくらでもある。

 それらすべてとまでは言えずとも、多くのことは師匠であるルイさんから教えてもらわなければならなかった。


 とは言ってもルイさんはダンジョン探索に天幕を持ってきたり、魔物の隣で本格調理し始めたりと、わけのわからない奇行ばかりを繰り返している。

 まだ心のどこかでこの人に対する不信感が拭いきれていないのも確かだ。


 しかし、今はこの人を信じるしかない。


 俺は魔王が倒せればそれでいいのだ。

 世界を救えればそれでいい。

 多少の違和感など気にするだけ無駄である。


 微睡へと誘われるまでの間、俺は自分にそう言い聞かせ続けるのだった。


―――


 誰かの声が聞こえる。


 浅い眠りの中で耳が勝手に拾ったその音を聞く限り、どうやら俺は呼ばれているようだ。

 しかしまだ寝ていたいという欲求に抗えず、俺はそれになかなか応えられない。


「朝だよ、起きて」


 まだ覚醒しきれていない意識に最後通告のようにその声が響いた。


 それでもまだうだうだとベッドにしがみついていると、突然足を掴まれ、そのまま引っぱられる。


「痛い痛い痛い、うわっ」


 地面を引きずられ、背中がこすれてめちゃくちゃ痛いと思ったら、今度は突然の浮遊感に襲われた。


 その直後、再び背中に激痛が走る。


「ぐはっ!」


 ここまでされたらさすがに目が覚める。


 慌てて顔を上げると、視界の先にはルイさんがいた。


 昨日とまったく同じ格好で俺を見下ろすその顔に相変わらず表情はないが、何か普段より冷たい雰囲気を醸し出しているような気がする。


 しかしこの人の雰囲気なんかよりも、今は寝起きにかまされた暴挙の方が重大だ。


 いきなり乱暴された怒りから文句でも言おうと思って勢いよく立ち上がる。


 そしてそのままルイさんに詰め寄ろうとしたところで、彼は口を開いた。


「いつまでも寝ぼけてるようじゃ、死んじゃうよ。ほら、今みたいに」


 そう言われた瞬間、ぞわりと鳥肌が立つ。


 迂闊なことに、ルイさんに言われて俺はようやく魔物の気配を察知した。


 そしてそれと同時に、思いっきりその場から飛び退く。


 直後、さっきまで俺がいたところに何かが叩きつけられる音が聞こえた。


 もし気づくのが少しでも遅れていたらそれが直撃していたと思うと背中に薄ら寒いものを感じる。

 しかしいつまでも腑抜けているわけにもいかず、俺は肌身離さず腰に下げている剣に手をかけた。


 目の前にいるのは巨大な人だ。

 だがただの人ではない。

 頭が豚なのだ。


 いわゆるオークと呼ばれるその醜悪な魔物はこのダンジョン内では特別珍しいものではない。

 ただ決して油断をしていい相手でもなく、その太い腕から繰り出される強力な攻撃を受けようものなら無事では済まないだろう。


「ふぅ・・・」


 まだ動悸はするが、いい加減頭が冷えてくる。

 危険な魔物とはいえ、昨日からずっと戦ってきた相手だ。


 さっきは少し驚いただけ。

 冷静になって向き合えばどうということはない。


「ブモオオオ」


 俺とは対照的に、オークの方は攻撃が外れたことに怒っているのか息遣いが荒々しい。

 すぐにでもまた襲い掛かってくるご様子だ。


 ならばと、こちらから踏み込んだ。


 俺が動いたのを見てオークも腕を振り上げたが、もう遅い。

 その腕が俺に届くよりも少し早く、俺の剣がオークの体に届く。


 次の瞬間には、オークの首が体から離れていた。


 それを確認して、ようやく朝っぱらからの戦闘が終わりを告げる。


 さきほどまでの眠気など見事に吹き飛び、全身を痺れさせる緊張感だけが体を支配していた。


 その場で動けず呼吸を整えていると、やがて後ろからルイさんが声をかけてくる。


「昨日も言ったはずだ。君はただでさえ弱い。油断するな」

「う・・・」


 俺は何も言い返せず身を縮めることしかできない。

 そんな俺を見てルイさんは尚も畳みかけてきた。


「誰かが接近してきたら起きるくらいじゃないと。いざというときに呑気に寝てたら簡単に死んじゃうよ」

「・・・はい」

「まあそのうち嫌でも身に着くさ。とりあえずご飯にしよう」


 最後にそう言ってルイさんは俺から離れていく。


 俺は呆然とその後ろ姿を見送ることしかできなかった。


 確かにルイさんの一連の行動は強引だったかもしれないけれど、まだ甘えたところがあった俺に対する戒めとしてはこれくらいが丁度良かったのかもしれない。


 もっと引き締めなければ。

 じゃないと死ぬ。


 俺が気持ちを新たに一人決意を固めていると、ルイさんがもう一度俺に向って声をかけてくる。


「あ、ちょっと今手が離せないから聖女も起こしてくれない?」

「はい、え、でも聖女様はどこで寝てるんですか?」

「何言ってるの?君の隣で寝てたじゃん」

「は?」


 何を言ってるんだ、ルイさんは。そんなわけないじゃないか。

 ははは、聖女様が俺の隣で寝てた?

 ソンナバカナ。


 恐る恐る俺が出てきたテントを覗くと、ああなんということか、そこには美しい女性が静かに寝息を立てている。


 え?一緒に寝てたの?


「うそおおおおおおおお」


 正直朝一オークより驚いた。

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