第10話 修行の始まり
ダンジョンに入ってからしばらく経ったが、不思議なことに今のところ何も起きていない。
ここに入る前の緊張感からしたら、少し拍子抜けしてしまうほどである。
ダンジョンと言ったら魔物が大量に出現して冒険者を脅かすと伝え聞いていたのだが、実際はこんなものなのだろうか。
そんな疑問を抱えつつもそろそろ薄暗い空間に慣れてきたところでルイさんから指示が飛んできた。
「勇者、ここから荷物は僕が持つ。君は魔物が襲ってきたら撃退して」
「え、でも全然そんな気配は・・・」
「まだ入り口近くだから魔物が少ないだけだよ。油断はしないほうがいい」
「・・・わかりました」
そうは言われても俺たちの足音以外、物音ひとつしない。
警戒しようにも何に気を付ければいいのだろうか。
いまいち危機感を持てないまま、言われた通り荷物をルイさんに渡す。
ずっと背負ってきた重荷が無くなり、だいぶ動きやすくなったことに満足しているとルイさんが俺に話しかけてきた。
「そういえば勇者、君の頭上に蜘蛛がいるから気を付けてね」
「え?」
いきなりそんなことを言われて思わずルイさんの方に振り向くと、ルイさんと聖女様はそろって頭上を見上げていた。
ルイさんは出会った時と全く同じで無表情だが、聖女様の方は顔を真っ青にして口をパクパクしている。
恐る恐る俺もその視線の先に目を向けてみると、そこには闇に紛れてうごめく黒い塊があった。
「げっ!」
「だから油断するなと言ったのに・・・」
ルイさんのため息を合図にするかのように、その巨大な蜘蛛は天井を離れてこちらにとびかかってきた。
俺はとっさに地面を転がることで、その突撃を躱す。
なんとか回避は間に合ったようだが、起き上がる暇も与えられないまま次なる攻撃が俺に襲い掛かった。
蜘蛛の野郎、今度は糸を吐き出してきたのだ。
「くそっ!」
再び回避を試みるが態勢を崩した状態からの離脱は間に合わない。
体を庇うように出した左腕に糸が絡みつき、こちらの身動きは封じられてしまう。
そしてここぞとばかりに、蜘蛛は再び突撃を敢行した。
だがいい加減最初の驚愕から立ち直った俺は、残った右腕で腰にぶら下げていた剣を引き抜くことに成功する。
こうなってしまえばあとは容易い。
まっすぐこちらに向かってくる蜘蛛にそれを叩きつけると、見事剣は敵を両断した。
「危なかった・・・」
「いや僕が言ってなかったら確実にやられていたよ。これで少しは危機意識を持てたかな、勇者?」
いつの間にか聖女様を後ろに庇って俺の戦いを見ていたルイさんがこちらに近づいてくる。
正直ルイさんの苦言に対しては心当たりしかないので、心から反省することにした。
「すみません。気を付けます・・・」
「魔物は君の心構えなんて待っちゃくれないよ」
「はい・・・」
いきなり不甲斐ないところを見せてしまった。
今のは完全に俺の油断が招いた結果だ。
気を引き締めないと。
「左腕を貸して」
「え、あ、はい・・・って熱ううううううう」
しょんぼりしているところに指示を出されて、特に何も考えずに言われた通り左腕をルイさんに差し出すと、なぜか腕を燃やされた。
「その糸、火をつけて灰にしないと取りにくいからそれで我慢して」
「のおおおおおおおお」
俺があまりの熱さにもだえ苦しんでいることなど知らぬとばかりにルイさんは呑気に火を見ている。
「取れたかな?どれどれ」
しばらくしてルイさんは水をぶっかけて火を消してくれたが正直もう涙目です。
この人鬼畜だ、間違いない。
「取れたね。まあ油断した罰だよ。火傷は聖女に治してもらいな」
「だ、大丈夫ですか勇者様」
突然の急展開に完全に置いてけぼりを食らっていた聖女様が慌てた様子で俺のもとにかけより、回復魔法を使ってくれた。
聖女様の回復魔法を受けた腕は痛みが引いていき、むしろ妙なぬくもりに包まれてくる。
いつまでもこうしていたい気持ちに駆られるが、生憎とルイさんが待ってくれることはなかった。
「じゃあ行こうか。とりあえず移動するよ。これ以上情けないところは見せないでね、勇者」
「はい・・・」
回復を終えた俺にもう一度警告をしたルイさんはそのまま歩いて行ってしまう。
俺はその後ろをとぼとぼとついていくのだった。
しかし今度は最大限、神経を尖らせながら、一歩一歩、確実に。
―――――
あれから一時間ほど歩いた。
何度か魔物と遭遇したが、これ以上無様なところを見せられないと必死に対応してなんとか事なきを得た。
ルイさんは一切俺を手助けする気はないようだ。
何度か危ない場面があっても聖女様を庇うくらいで、魔物を倒そうとする動きは見せていない。
戦闘は全て俺がやらないといけないらしい。
まあ俺の修業のために来ているのだから当然と言えば当然だが、それにしたって具体的な指示もないし、ただ闇雲に魔物と戦っているだけでいいのかと少し不安になる。
正直ルイさんが何を考えているのかが今のところわからないのだ。
実際このルイさんという人を俺はよく知らない。
昨日いきなり師匠と紹介されてまともに会話する暇もなく旅が始まり、今現在暗い洞窟の中を一緒に歩いているというだけの関係だ。
この人がどういう人物なのかとか、どれくらい強いのかとか一切わからない。
大丈夫だよね、この人・・・。
俺が変な不信感に襲われていると当の本人から突然声がかかった。
「勇者、今日はここまでにしよう」
「ここまでですか?」
「うん、ここに拠点を築いて寝ることにする。ということで準備して」
そう言うとルイさんは抱えていた荷物を地面にどさりと下した。
そのままバッグの中をがさごそ漁りだし、色々と床に並べ始める。
「とりあえず勇者と聖女は天幕を組み立てといて。僕はご飯の準備するから」
ルイさんは荷物の中にあった天幕を組み立てるための骨組みやら布やらを俺たちに渡すと、あとは任せたとばかりに自分の作業に取り掛かり始める。
というよりあの死ぬほど重かった荷物の中身の一部がお披露目されたわけだが、天幕のための道具だったようだ。
ダンジョン内で天幕張るなんて聞いたことないぞ。
寝てる間の視界が無くなるじゃないか。
「私は天幕を立てたことがないのですがどうすればいいのでしょうか?」
「へっ」
道具を呆然と眺めていたら突然後ろから聖女様が声をかけてきた。
とっさに返事をしたが変な声を出してしまう。
相変わらず聖女様は美しい。
こうして向かい合っているだけでも緊張して背中に変な汗をかいてしまった。
落ち着け。
これから一緒に旅をするんだ。
いちいち見惚れていたらキリがない。
しっかりしろ。
「じゃあ俺が教えますよ。一緒にやりましょう」
「ありがとうございます」
少しずつでいいんだ。
少しずつ仲良くなっていこう。
もちろんルイさんとも。
そう思って後ろを振り向くと当の本人は料理道具を並べて晩御飯を作っていた。
また荷物の一部が判明したわけだが、調理器具とか入れてたのか。
そりゃ重いよ!
ダンジョン内で料理する人とかいるのだろうか。
普通まずい携帯食料食べて食事なんて終わりじゃないのか?
俺の疑問などつゆ知らずルイさんは料理を続けている。
「勇者様、どうかなさいましたか?」
「い、いや、なんでもないです・・・」
何か納得いかない気持ちを抱えたまま、俺は聖女様と初めての共同作業を続けるのだった。
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