第9話 出発

 翌日、早朝、城門にて。


 ルイと名乗った師匠(?)に言われた通り、俺たちはこの場に集合していた。

 早朝ということで辺りに人の気配はまだなく、ここには俺たち三人しかいない。


 現在の俺は旅支度を完了して、真新しい装備に身を包んでいる。

 一昨日パーティーのために服の採寸をしていたおかげで、今朝方オーダーメイドの装備が部屋に届けられたのだ。

 仕事の早いこと早いこと。


 隣に立つ聖女様は若干眠そうな目をしながらも、きっちりと身支度を整えてここに来ている。

 朝日に照らされたそのお美しい姿を拝めただけでも早起きした甲斐があったというものだ。

 荷物は最小限のものだけなのか少ないし、服もこれまでのゆったりとしたローブから動きやすい冒険者服に着替えている。

 美人は何を着ても結局似合うことがわかった。


 そして最後の一人。

 昨日一瞬だけ現れて、すぐにいなくなった俺の師匠になる人。

 彼は焦げ茶色の大きなマントに身を包んでいて、見ただけではどんな装備をしているかわからない。

 しかし服装が地味なのにもかかわらず、その美貌と輝かしい白髪のせいでどこか浮世離れした見た目になっていた。


「・・・」


 さて、美形二人を前にして、本来ならその姿に視線を釘付けになるところなのだが、残念なことに俺の意識は別のところに向いていた。


 俺の視線の先にあるのは、白髪の美青年の隣に置かれた巨大な荷物。


 見ただけで背中が痛くなるような、超重量級の荷物がそこに鎮座していたのだ。


 旅にいろいろと必要なのはわかるのだが、動きにくくなってしまっては意味がない。


 なぜ彼はこんなに大量の荷物を持ってきただろうか。


 王様曰く、最高の冒険者とのことだったがいきなり不安になってくる。


 しかし俺の困惑など気にしていないのか、当の本人はおもむろに話し始めた。


「おはよう諸君。さっそくだけど予想通りの展開になったね。なんだいその荷物は?これから旅に行くというのにあまりに荷物が少なくないかい?」

「むしろルイ様は荷物が多すぎなのでは?それですと移動しただけで疲れてしまいます。なるべく荷物を減らした方がよいのではないでしょうか」

「誤解だね。極限まで減らした結果がこれだ。これ以上は減らせない」


 聖女様の疑問に、ルイさんはしれっと答える。


 これで最小なのか。

 なんでそうなった。


「いったい何をそんなに入れてるんですか、ルイさんは?」

「それは使ってからのお楽しみ」

「はあ・・・」


 気になる。

 なんでもったいぶるのだろう。


「まあいつまでもここで話していても仕方がないし、さっそく出発しよう。はい勇者、この荷物持って」

「え?」


 かけられた言葉に驚いて、思わず変な声を出してしまった。


 その荷物、俺が持つの?


「どうしたの?早くして。時間がもったいないよ」

「・・・これ俺が運ぶんですか?」

「え?君以外に誰がいるの?あ、もしかして聖女に運べって言ってる?君案外鬼畜だね」

「そうじゃないですけど!いやこれだってルイさんが持ってきたものじゃ・・・」

「君の修業に必要なものだ。というより今の発言って師匠である僕に運べって言ってる?いきなり反抗期かな?」

「いや、えっと・・・わかりました、運びます」

「あの勇者様、私も少し手伝いましょうか?」

「え?やっぱり聖女に運ばせるの君?それでも男?それでも勇者?」


 なんかこの人めちゃくちゃ煽ってくるんだけど。


 ええい、もうこうなったら仕方がない。

 聖女様に運ばせるわけにもいかないし、勇者らしく運んでやるよ。


「大丈夫です。これくらい一人で運べますよ」

「そうですか・・・」

「はいじゃあ話もまとまったことだし、出発しよう」


 そう言ってルイさんはさっさと歩き始めた。


 一人だけ手ぶらで。


 なんか納得いかない気持ちのまま、俺はその後ろ姿を聖女様と一緒に追いかけるのだった。


――――――――


 それから半日ほど。

 今俺たちは森の中でせっせと歩を進めている。


 想像以上にきつい、荷物の重量が。

 勇者になって多少筋力は上がった気もするが、それでも重いものは重いのだ。

 やはりこの装備は旅には向かないだろ。

 そもそも荷物の重量に偏りがありすぎるぞ、この集団。


「歩くのが遅いよ、勇者」

「くっ!」


 やべえ、ぶん殴りてえこいつ。


「あの、やはり私も少し持った方が・・・」

「いいえ、お気遣いなく。これぐらいどうということはないです」


 もうここまで来たら男の意地である。

 聖女様の前で少しでもかっこいいところを見せようではないか。


 余裕であることを演出するためにも、俺はルイさんに世間話をふることにした。


「ルイさん、これから俺たちは具体的に何をするんですか?」

「これからの予定かい?」


 ルイさんがこちらに振り向いて、俺を見つめる。

 その目が俺を推し量るように上から下まで動いた。


「まあ大局的な話をするなら君にはこれから魔王と戦う前に魔王軍の幹部を倒してもらわなければならない」

「幹部ですか?」

「そうだよ。魔王城は結界に守られていてこのままじゃ侵入できない。それゆえ結界を維持している四体の幹部を倒すことが最優先事項となる。君にはそれらを倒すだけの力をつけてもらわないと」

「幹部くらいなら王国軍で倒せないんですか?この国には勇者じゃなくても強い兵士や冒険者がたくさんいるじゃないですか」

「無理だね。そもそもなぜ勇者しか魔王を倒せないかわかってる?」

「え、それは勇者が一番強いからじゃ・・・」

「まあそれもあるけど、そもそも魔王と幹部には勇者以外は近づけないんだよ。奴らは瘴気を発生させていて、常にそれが魔王領を覆っている。その瘴気の中では普通の人間は数分と生きられない。勇者だけがそれに耐性を持つ。だからこそ勇者無しでは勝てないんだ」

「そんな事情があったんですか・・・」


 俺が知らない事実に驚いていると、聖女様が補足するために口を開いた。


「私たち教会も元はといえば勇者様を支援するための組織として生まれたものなんですよ。初代勇者様を導いた者が初代聖女様なんです。そこからより効率的に勇者様を支援できるようにと様々な仕組みを残してくださいました。神のお告げを聞く聖女もその役割の中の一つなんです」

「え、聖女様ってお告げを聞けるんですか?」

「はい、あの日あなたが現れることを告げられていたので、私は勇者様をすぐに見つけることができました」

「そうだったんですか」


 話を聞けば聞くほどこの世界の在り方が見えてくる。


 勇者、聖女、そして魔王。

 その他にも多くの要因が関わりながら、不確かな均衡の中でこの世界の平和を保っていたのだ。


 そして今回の魔王はその均衡を大きく崩した。

 自分は勇者としてこれから傾いてしまった天秤をもとの状態に戻さなければならないのだ。


「それでルイ様、当面の活動はどのような方針で進めていくのでしょうか?」

「もちろん勇者の育成さ。それ以外はないね」

「それはどのように?」

「まあもうすぐ目的地に到着するからそこについてから説明するよ」


 不安だ。

 俺はいったいこれから何をさせられるんだろう。


 それからさらにしばらく森の中を進むと、先頭を歩いていたルイさんが足を止めた。


「着いたよ。これから勇者には存分に戦ってもらうから覚悟しておくように」

「これって・・・」


 俺たちの目の前には大きな穴があった。


 中は薄暗いが、真っ暗というわけでもない。

 ところどころに存在する鉱石が光を放っているようだ。

 穴の奥はどこまでも続いていて、どこか背中をぞわりとさせるような雰囲気を醸し出している。


 俺だけじゃなく、聖女様もここがどこか理解しているようだ。

 その目には少しばかりの怯えが見て取れた。


「もうわかったと思うけど、ここが君の戦場だ。心の準備はできたかな、勇者」


 ルイさんは相変わらず無表情で淡々と言葉を並べる。


「それでは行こうか、ダンジョンへ」

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