第8話 旅の仲間
今、王宮の前には大勢の人々が集まっている。
騎士たちが動員され彼らの統制を行っているので混乱が起きるようなことはないが、それでもその場にいる人間が発する熱は凄まじい。
それもそのはず、これから始まるのは勇者のお披露目だ。
世界中に待ち望まれ、そしてようやく現れた勇者を一目見ようと、今日は多くの人間がここに詰めかけている。
その目には希望の光が宿っていた。
さぞかし彼らは勇者という存在に期待しているのだろう。
そして俺は今からそんな人たちの前に出ていかなければならない。
嫌だ、お腹痛い。
もう昨日の晩餐会の時点で胃痛がやばかったのにまたこんなんか!
俺の嘆きなど知るわけもなく、王様がこのお披露目のために設営された舞台に現れた。
王様の方はこういうことには慣れているのか、特に臆した様子もなく平然としている。
さすが王様。俺も見習いたい。
そんなことを考えながら、舞台裏で一人青い顔をしていると王様の声が聞こえてきた。
「皆の者、よく集まってくれた。今日このような場を設けたのはほかでもない、皆に彼を見てもらいたかったからだ」
王様の言葉を合図に俺も立ち上がった。
あらかじめ打ち合わせはしていたので、どこで自分が現れるかの指示もされている。
さすがにここで逃げ出すわけにもいかず、俺は覚悟を決めて舞台に上がった。
王様は俺が横に立って並んだのを確認すると言葉を続ける。
「彼こそが希望、彼こそが光、彼こそが勇者!魔王を倒し、世界に平和をもたらす者!ようやく我々は救われるのだ!」
「おおおおおおおおおお!」
王様の言葉とともに民衆が歓声を上げた。
「では勇者よ、あとは頼む」
いや王様ここで丸投げしないでくださいよ。
なんかみんなの目が怖いんだけど。
王様が一歩後ろに下がったのを見て、俺が何か言うのだと察した人々が急に静かになった。
そんな風に見ないでくれ。
この間まで田舎で畑耕してただけの人間に何を期待してるんだ、こいつらは。
俺なんてそのへんの兵士に負けるレベルで弱いんだぞ。
振り返って聖女様に助けを求めたが、彼女は俺と目が合うとニコリと笑うだけだった。
何それ可愛い。
「ふー」
深呼吸して気持ちを落ち着ける。
ここまできたらやるしかない。
一応俺勇者みたいだし。弱いけど勇者らしいからここは一発決めていこう。
俺は紋章が刻まれている左手を天高く掲げ宣誓した。
「俺は勇者としてこれから魔王と戦い、そして勝利する!神から授かったこの紋章に誓って!」
「おおおおおおおおおお」
さきほどより大きな歓声が広場を包み込んだ。
彼らの期待が波のように俺に向って流れてくる。
そのことが俺を震わせた。
それは誇らしいとか、期待に応えようとか、そういうものじゃない。
これは恐怖だ。
俺は別に強いわけでも、勇敢なわけでもない。
それなのに勇者に選ばれてしまった。
これから勇者として魔王と戦ったところで、勝てるかどうかは怪しいものだ。
この人たちの期待を裏切る可能性は十分にある。
そしてそれは世界の滅びを意味していた。
震えが止まらない。
俺は本当に勇者なのだろうか。
まだ戦いは始まってすらいないのに、抱えてはいけない恐怖が胸の内でちらちらと蠢いていた。
――――――
無事勇者としてのお披露目も終わり、俺は王様と大広間で対面していた。
「昨日の晩餐会、および今日のお披露目、共にご苦労であった、勇者よ」
「ありがとうございます」
「疲れているところすまないが、もう一つ付き合ってほしいことがある」
「なんでしょうか?」
「そなたに紹介したい人物がいるのだ。おい!」
王様が合図を出すと控えていた兵士が広間を出ていった。
「誰なんですか?」
「これからそなたには魔王討伐の旅に出てもらわなければならない。それにあたってそなたを支援する人物を二人用意した」
「二人ですか?」
「そうだ。他にも必要なものはこちらで用意するから安心してくれていい」
「ありがとうございます。それで誰なんでしょうか、その二人というのは」
「まあ待て、すぐに来る」
そう言うと王様は目を閉じてしまった。
どんな人たちなんだろうか。できれば頼りになる人がいいな。
むしろその人たちで魔王倒しちゃってほしい。
「お連れしました!」
そんな馬鹿なことを考えていると兵士が広間に戻ってきた。
そしてそちらの方に顔を向けた瞬間俺は固まった。
兵士の後ろから現れたのは聖女様だったのだ。
え、俺の旅についてくるのって聖女様なの?
固まっている俺に気付かないまま王様は話を進め始める。
「もう知っているとは思うがこちらの聖女殿がお前の旅に同行する一人目の人間だ。彼女の回復魔法がそなたを助けるだろう」
聖女様は俺の目の前まで近づいてくると、優しく微笑みかけてきた。
「勇者様、これからよろしくお願いいたしますね」
「は、はい」
あまりの展開にアホみたいな顔しながら返事をしてしまう。
聖女様みたいな可憐な女性が俺の過酷な旅についてくるのか?
お守りしなくては。
「してもう一人はどうした?」
「はっ!もうすぐいらっしゃるかと」
「そうか・・・」
いやもう一人の方とかどうでもいい。
むしろ聖女様と二人旅がいい。
「勇者よ、聞くところによるとそなたはまだ勇者としての力を解放しきれていないとか」
「・・・あー、はいそうです」
非常に気まずい。
しかし王様はそのことに関して特に気にしているということもなく、話を続ける。
「もう一人はそんなそなたのために用意した人物だ。是非かの者のもとで修業に励んでほしい」
王様がそう言うと同時に再び広間の扉が開いた。さっきと同じようにそちらに目を向ける。
「紹介しよう。彼がこれから君の師匠となる者だ。今我々が用意できる中で最高の人材と言っていいだろう」
俺は再び固まった。
もちろん目の前の人間が原因で。
そこに立っていたのは青年だった。
だが恐ろしく美しい青年だった。
歳は俺と同じくらいか少し下。
整った目鼻立ちをした顔は無表情ではあるが、逆にそのことが神秘的な雰囲気を作り出している。
輝くような白髪、ルビーのような赤い瞳。
ひとつひとつのパーツが神によって創られたかのようだ。
広間にいる人たちもその姿を見て動けないでいる。
時が止まってしまったかのような空間の中で、その人だけが歩みを再開した。
そして俺の目の前まで来て足を止めると、俺と目を合わせたまま紅の美しい唇が言葉を紡ぎ出す。
「君の安息は今日で終わる。今夜はゆっくり眠るといい。明日は早朝に出発する。それまでに準備をして城門に集合。以上だ」
それだけ言うと彼は踵を返して入ってきた扉に向って歩き始めた。
「え、いや、ちょっと」
突然の事務連絡にうろたえてしまう。慌てて引き留めようとしたところで彼が振り返った。
「ああ忘れてた、自己紹介がまだだったね。僕はルイ、君の師匠だ。これからよろしく」
そう言って去っていく彼の背中を誰も止めることはできなかった。
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