第7話 聖女は動く
聖女と呼ばれる美しい女性と出会った。
その後のことはよく覚えていない。
ただ案内されるまま王宮に連れていかれ、俺の家の敷地全部合わせても足りないようなだだっ広い部屋に通され、今なぜかお茶を飲んでいる。
たぶんこのお茶もめちゃくちゃいいお茶なんだろうけど、目の前の美人のせいで味なんてわかったもんじゃない。
「勇者様、ご足労頂きありがとうございます。本当にお待ちしておりました。そしてさっそくで申し訳ございませんが、勇者様には式典に出てもらいたいのです」
「式典?」
「はい、勇者様のお披露目のためのものです。民も度重なる戦に不安になっています。どうか彼らを安心させてはもらえませんか?」
「はあ・・・」
王都に行けとは言われたが、まさかいきなりこんなことになるとは思わなかった。
俺は片田舎で育った平民だぞ?
そんな注目されたらたぶん恥ずかしさで死ぬ。全力で拒否したい。
でも目の前の美少女が上目遣いで俺に頼んでくる。
女性と付き合ったことがない俺にこれはきつい。
「わ、わかりました」
俺の返事を聞いて聖女様は輝くような笑みを浮かべた。
これは仕方ない。
この状況で断れる奴いないよ、ほんとに。
「ではさっそく今夜晩餐会を開きます。そこで貴族の方たちととりあえず顔合わせをしましょう。民へのお披露目は明日ですね」
「え、あ、はい」
「まずはお召し物を用意しましょう。案内しますね」
まだお茶も飲み終わってないのに、聖女様はいきなり立ち上がって俺を促した。
なんかさっきから振り回されている気がするけど、結局逆らえないから美少女というものは恐ろしい。
聖女様が合図を出すのと同時に侍女が現れ、俺たち二人を先導する。
再び迷路のような王宮内を歩き回ることになり、もう自分がどこら辺にいるのかも皆目見当つかなくなった。
今迷子になったら俺は終わるだろう。
そんなことを考えながら、おとなしく侍女の後ろを聖女様と並んでついていく。
聖女様は有名人なのですれ違う人々から挨拶をされるが、その隣を歩く不審者である俺には変な視線が集まってくるから非常に肩身が狭い。
気まずい空気に晒されながら歩くことしばらく、ようやく目的地にたどり着いた。
侍女が開け放った扉の向こうはまさしく衣裳部屋といった様子で、大量の服が所狭しと並べられている。
しかし物珍しくて無警戒にその部屋に入ったのは間違いだった。
一歩部屋に踏み入れた瞬間、俺は侍女に捕まり、そのまま否応なく着せ替え人形にされてしまった。
そして1時間後、ごってごての装飾で飾られた服を身にまとった俺が、魂の抜けた状態で鏡の中に映っている。
似合ってないことこの上ない。
なんというか、着慣れていないというか、そういう残念感が漂っていた。
俺は今からこれをきて見世物になるというのだ。
なんの拷問ですか?
ほとんど放心状態で侍女に引っ張り出され、聖女様の前まで連行される。
これを聖女様に見られるとは、もうお嫁に行けないかもしれない。
しかしこの世の奇跡たる聖女様は俺の無様な姿を見ても、天使の微笑みを浮かべるだけであった。
「よくお似合いですね、勇者様」
「・・・本当ですか?」
「はい、とても素敵です。それでは行きましょう」
「え、もう?」
まだ心の準備が・・・。
俺の気持ちなど置いてけぼりにして、聖女様は力強く俺の手を引く。
ああ、いつの間に俺は自由を失ってしまったのだろうか。
やっぱり、美少女とは恐ろしい生き物だ。
――――――
夜の静謐さに包まれた厳かな教会の聖所にて、私は騎士団長から報告を受け取っていた。
「勇者様のご様子はどうですか?」
「はい、無事晩餐会も終わり、今はお休みになっています。貴族たちもようやく現れた勇者様に喜んでいたようです」
「そうですか。それはよかったです」
私は昨日のことを思い出す。
深夜ふと目を覚ますと、誰かが枕元に立っていた。そしてその影はこう告げる。
「明日勇者が現れます。場所は軍本部。迎えに行きなさい、聖女よ」
それだけ告げて、その誰かは消えてしまった。
あれは夢ではない。
現に指定の場所に行ってみれば本当に勇者の紋章を持つものがいるではないか。
昨夜確かに神の使いが私のもとへ現れた。
それが意味するは反撃だ。
もうこれ以上魔王の好きにはさせない。
最後は私たちが勝つのだ、絶対に。
指先につい力が入ってしまう。寝不足で感情をコントロールできないが今はそれぐらいが丁度いい。
「お告げの通り、勇者様は現れました。しかし情報によると彼はまだ弱いようですね」
「はい、軍の試験官にも負けてしまったようです」
「きっと神にとっても今回の魔王は異例だったのでしょう。未完の勇者を遣わさざるを得ないとは」
「これから訓練していただくとして、間に合うのでしょうか。魔王を討つ前に我々が滅ぼされかねないです」
「それはもう考えないことにしましょう。どちらにしても勇者様が育てること以外、私たちに選択肢はないのです」
私も不安が無いわけではないが、本当にもう信じるしかないのだ。
それに私だってやれるだけのことはやっている。
「安心なさい、騎士団長。きっと神は我々を助けてくれます。それにもうすでに一つ手は打ってあるのですよ」
「なんのことでしょうか?」
「勇者様に育成が必要なことが分かった時点で、冒険者ギルドに指南役を要請しておきました。彼らも必死でしょうから、明日には適役を見つけてきてくれるでしょう」
「そうだったのですか。申し訳ございません、そこまで気が回らず」
「いいのよ、あなたはちゃんとやってるわ」
勇者様の育成に関しては軍人よりも、冒険者の方が適任だと私は考えた。
軍人はその特性上、基本的に対人戦闘を想定して訓練している。
決して魔物と戦えないというわけではないが、勇者を育てるという観点から見たとき、常日頃から魔物相手に戦っている冒険者と比べたら専門性に欠けるだろう。
要は畑の違いである。
それにようやく勇者が見つかって、いよいよ教会騎士団も勇者捜索の任を終え、最前線に赴かねばならない。
そのための準備に騎士団が忙しくなるのもわかっていたことなので、勇者に関することは別の誰かに任せることにしたのだ。
これ以上彼らに負担をかけるのは効率的でない。
「それに私も勇者様の育成に貢献するつもりでいます」
「勇者様の旅に同伴されるのですか?」
「ええ、そうです。私には回復魔法がありますから、きっとお役に立てることでしょう」
「・・・どうかお気をつけください」
「わかっていますとも」
聖女である私にできることがある限り、私はその役割を全力で全うする。
私は諦めない。
最後まで魔王を倒すために戦い続ける。
月明かりが差す教会で、私は神にそう誓いを立てるのだった。
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