第5話 勇者の訪れ

 王国の首都たる王都。


 今まさに魔王軍が領土深くまで侵攻してきているというのに、この街の活気が失われることはない。

 今日も人々は己の胸に潜む不安と恐怖を必死に覆い隠しながら、笑顔を振りまいて生きているのだ。


 その様は見る人が見れば、さぞかし不気味に映ることだろう。


 そんな異様な雰囲気漂う国の中心地で、勇者アレスは茫然と突っ立っていた。


「王都に行けって言われたけど、この後どうすればいいんだろう・・・」


 彼がぼそりとつぶやいた言葉は、雑踏へと消えていく。


 いつだって神託というものは曖昧だ。

 具体的にどうしろとは言ってくれない。

 言われてない部分は自分で考えてなんとかするしかないのだ。


「とりあえずあの一番大きな建物まで行ってみるか。たぶんあれが王宮だろ」


 特に計画もなく王都に来てしまったため路頭に迷う可能性さえあるアレスは正直不安でいっぱいだ。

 だが田舎で生きてきたアレスにとって、王都は紛れもなく都会であり、目に映るものすべてが新鮮である。

 不安よりも期待の方が勝り、あっちへふらふら、こっちへふらふら、歩くたびに人とぶつかってしまうぐらい、彼は周りの風景に興味津々だった。


 彼が王宮に着いたのは夕暮れ。

 昼には王都についていたのに色々と寄り道をしたせいでずいぶんと遅い到着となってしまった。


「でけぇ」


 王宮の目の前に構えられた立派な門を見上げ、アレスは呆然とする。


 今まで見たこともないような巨大建築に少し気後れしてしまうのは仕方ないが、そろそろのんびりしている場合じゃないと察した彼は行動を開始することにした。


 さっそく門の前にいる警備兵に声をかける。


「あのー、すみません」

「何の用だ?」


 突然声をかけられた門番は不信感を隠そうともせず、訝しげな眼をアレスに向けてくる。

 アレスは一瞬ひるんだが、勇気を振り絞って切り出した。


「俺勇者なんですけど、軍に志願しに来ました!」

「・・・あーはいはい勇者ね。じゃあとりあえず王宮じゃなくて軍の本部に行ってくれ」

「・・・え、あ、はい。・・・あのー、その本部ってどこにあるんですか?」

「この道をまっすぐ行ったらでかい建物がある。それだ」

「あ、ありがとうございます」


 門番のおそろしく冷静な対応に拍子抜けする。


 今勇者の誕生は世界中の誰もが待ち望んでいることだ。

 それこそ勇者が現れたら国中挙げてのお祭り騒ぎになること間違いなしである。


 しかし実際はこの扱いだ。


「なんかつらい」


 確かにいきなり信じてもらえるとは思っていなかったが、ちょっとした歓待を期待していたのも確かだ。


 そんな様子などまったくなかったことに残念がるアレスだが、別に注目されたいわけでもないのでおとなしく言われた通り軍の本部とやらを目指してまた歩き始めた。


 門番の言う通り、しばらく歩いたらそれらしい巨大な建造物が見えてきた。


 王国軍本部。

 平時は王都の治安の維持、王宮の警備などのための兵が駐在し、現在のような緊急時には王国中の兵を管理するための施設になる。

 またここは兵の訓練施設にもなっており、広大な訓練場を有することからも新兵志望はまずここに来なければならないことになっていた。


 当然アレスはそんなことなどわからず、いきなり王宮に出向いて恥をかいたわけだが。


 アレスの名誉のために述べるのならば、彼は決して間抜けでも、阿呆でもない。

 強いて言うならば世間知らずだ。

 辺境のクソ田舎で育った彼に王都の常識などわかれという方が酷である。


 しかし現状の彼を客観的に評価するならば、突然王宮の前にふらふら現れ、勇者を自称した残念な子になっている。


 なんとも世知辛いものだ。


 軍本部は王宮の時と同様、建物は高い壁に囲まれ、入り口には立派な門が構えられている。

 当然その前には門番が立っており、近づいてきたアレスにこれまた先ほどと同様の視線を送ってきた。


「あのすみません」

「なんの用だ?」

「軍に志願しに来たんですけど・・・」

「今日はもう志願兵の募集を締め切った。募集は毎日朝に受付を行っているから明日また出直してこい」

「・・・あー、その、なんていうか、俺勇者なんですけど・・・」

「・・・あーはいはい勇者ね。そういうのも明日ね、受付の人に言ってね」

「・・・あ、はい」


 門番の反応にアレスはがっくりと肩を落とす。

 この調子ではこれ以上取り合ってもらえないと思い、おとなしく今日は帰ることにした。


 なんか釈然としない気持ちのまま宿を探し、食事をし、ベッドに入ったところでアレスは気づく。


「勇者なのに、誰にも気づいてもらえない」


 悲壮感漂う声が虚空に消えていった。


 その声を聞くものは誰もいない。

 

 ただ一つ、使徒という存在を除いては。


――――


「なんでだよ!」


 勇者を監視していたスッチーは管制室で一人叫んでいた。


 管制室には使徒の千里眼によるいくつものモニターが映し出されており、常に全体の状況を監視し、各所に指示が出せるようになっている。


「もうちょっと押せよ!お前勇者だぞ!時間無いのに何人見知りしてんだ!」


 スッチーは今回の作戦における全体の指揮を任されている。

 当然スケジュール管理などもしているのだが、アレスの旅程が当初の予定より進んでいないため焦っていた。


 この作戦における彼女の責任は重い。

 もし作戦を失敗させるようなことがあれば、それは必然的に敬愛するルイの失望を買うことになる。


 それだけはなんとしても阻止しなければならない。


 むしろ当初の予定では、うまく仕事をこなしてご褒美に頭をなでてもらう予定でいた。

 このままでは逆にゲンコツを食らいかねない。


「くそっ、これ以上ここで足踏みしてもらったら困る。下手したらあの勇者、一兵卒から始めかねないぞ。・・・しょうがない」


 スッチーは我慢の限界とばかりに部下のパールを呼び出した。


「おいパール、仕事だ」

「何でしょう、司令官?」

「神託準備。教会の聖女に勇者が訪れると伝えろ」

「承知しました。勇者のときみたいに寝込みを襲えばよいのですね?」

「なんだその言い方は!普通にやれ!」

「お任せあれ」


 パールはそそくさと準備を始める。

 ひとまず対策をうったのでスッチーは再び監視に戻った。


 この作戦が終わるまで彼女も他の使徒たちも、ほぼ働き詰めである。


 これが世界救済システムの最前線。


 ルイがこれまで幾度も世界を救う中で作り上げた滅びから世界を守る組織である。

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