第4話 時間稼ぎ
王都から離れたとある砦にて。
「うわああああああ」
「くそっ!援軍はまだか!」
「死守しろー!ここで魔王軍を止めるんだー!」
そこには地獄が広がっていた。
どす黒い雲に覆われた空の下で、王国軍と魔王軍が激突し、大地を血の赤で染め上げている。
王国軍は重要な防衛拠点であるこの砦に篭り、魔王軍の猛攻をなんとか抑えていたが、戦線が崩れるのも時間の問題であった。
「もうこれ以上この砦に籠城し続けるのは無理だ。今すぐ撤退の準備をしないと全滅するぞ!」
「ここが落ちたらもう王都までまともな防衛拠点なんてないんだぞ!民にどれだけの犠牲が出ると思っている!」
「どっちにしろもうこの砦は落ちる。守り続けたところで意味がない」
「そもそも撤退しようにも砦を囲まれている中どうやって脱出するんだ?」
「残存兵力で一点突破すればなんとかなる!」
「それこそ敵の思う壺だ。外に出た瞬間、包囲殲滅されるに決まっている!」
「ならこのまま死ぬまで戦い続けろというのか!」
砦の中央にある指令部では今後の方針を決定するための軍議が開かれていたが、絶望的なこの状況で“正しい”判断を下せるものなど居らず、会議は混迷を極めていた。
そしてそうこうしているうちに、ついに戦線が動き出してしまう。
「伝令です!第一南門突破されました。第三部隊は壊滅。生存者は第二南門まで後退」
王国軍は砦内への魔王軍の侵入を許した。ここからはもう崩れる一方である。もはや迎撃も、撤退も許されない状況になってしまった。
「くっ、ここまでか・・・」
「諦めている場合か!今すぐ軍をまとめて撤退をするんだ」
「落ちたのは南門だぞ。あちらを塞がれたらもう撤退など不可能だ」
「西か東から回り込むのは?」
「無理だ。逃げ切る前に追いつかれて終わりだよ」
「くそっ!」
「・・・」
沈黙が議場を支配する。遠くの方で聞こえる戦闘音だけがやけに耳に響いてきた。
もう誰にもこの状況を覆す策などないのだ。
まぎれもなく敗北である。
そんな中ここまで沈黙を貫いてきたこの軍の総司令官が徐に口を開こうとした、そのときである。
「伝令―!西より援軍!ものすごい勢いで魔王軍を蹴散らしています!」
「なに!?援軍?しかも西から?どういうことだ・・・」
突然指令室へ兵士が駆け込んできた。全身ボロボロの状態にも関わらずその表情は明るい。
「西より現れた軍団が魔王軍と戦闘を開始しています」
「なぜだ・・・王国にもうそんな余裕はなかったはずなのに・・・」
総司令官は動揺を隠せない。
彼は王国にこれ以上兵を出す力は残っていないことを知っていた。知っていながら兵士には援軍が来ると嘘をつき、士気をなんとか維持していたのだ。
しかしここに来て予期せぬ援軍。いったい何が起きているのか彼には分らない。
結局彼ら司令部は援軍が魔王軍を退けるまで、ただその戦場の行く末を見守ることしかできなかった。
―――――
時を遡ること数日前。
この世界における主要な3つの国家である王国、帝国、共和国の元首が不干渉地帯に設けられた会談場で相対していた。
各地で戦闘が繰り広げられているこの非常時に、わざわざ元首が出席して会談を行っているのは、ある重要な案件を可及的速やかに取り決めるためであった。
その案件とはすなわち同盟の締結である。
長い歴史の中で常にいがみ合ってきたこの三国が、魔王誕生および勇者の不在という事態に対してとった苦肉の策だ。
これまで魔王の誕生に際して三国は各自単独で対応していた。
軍事力が比較的低く、最も魔王領に近い王国は勇者にすがるしかなかったが、帝国、共和国に関しては自国の戦力のみで魔王軍と戦ってきたのだ。
だが今回はそうはいかない。
王国はすでに崩壊寸前だ。
王国が落ちれば拮抗は崩れ、そう時間を置かずして帝国、共和国も同じ道を辿ることになるだろう。
しかし三国の同盟により、互いの侵略を恐れて温存していた兵力を魔王への対策にあてることが可能となり、今しばらくの延命が約束されることになる。
「では魔王討伐後10年間、互いの国への侵略行為を禁ずるということでよろしいかな?」
「異論はない」
「ええ、これで結論としましょう。時間ももうあまりないことですし」
「まったくだ。こんなくそ田舎までわざわざ来ただけでも時間の無駄だというのに、会談でもガタガタと文句ばかり」
「こういう契約はしっかり取り決めておかないと後で揉めることになりますよ。それに田舎といっても、帝都だってここと大して変わらないでしょう。生えているのが雑草か、下等民族かの違いではないですか」
「はっ!そりゃあお前の国の民から見たら下等民族に見えるだろうよ。何しろお前みたいな口先だけの人間を選ぶような馬鹿ばっかりだからな」
「あらあら、お世辞にも政治とは言えないような愚行ばかりなさる皇帝殿はさぞかし賢いのでしょうね。国民も幸せそうで何よりです」
「・・・てめえ、今から戦争仕掛けてやろうか」
「五分前に決められたことも覚えていられないのですか?さきほど同盟を結んだばかりではないですか?もっと仲良くしましょうよ」
人は共通の敵を得たとき一つになる。だがだからといって急に仲良くなるわけではない。それはあくまで実利による共闘でしかないのだから。
「まあまあお二方。せっかくこのような形で同盟を結ぶことができたのですから、これを機に今後とも良好な関係を築いていこうではありませんか」
「その通りですね、国王殿」
「ふん」
しかし確かにここに同盟は成った。それは彼ら人類の存亡を明日につないだことを示している。
あと必要なものは、というより最初から必要だったものはやはり勇者である。
その誕生無くしては所詮すべてがただの時間稼ぎにしか過ぎない。
「さて、それでは我々は国に戻ります。お互いせいぜい最後まで足掻くとしましょう」
結局最初に会場を後にしたのは王国の元首であった。
――――
帝国行政機関。
この機関はその名の通り帝国の政治を取り仕切るものである。
帝都内では皇宮の次に大きな建物がその本部として使用され、今日もその中を慌ただしく人々が行きかっている。
そんな中、行政本部内部のとある一室で三人の高官が仕事をさぼっていた。
その三人ともが高齢の男性の姿をしているが、その年齢に見合わず各々がだらしなく机に突っ伏している。
「あーあ、めんどくさかったー。もうこれで後50年は働きたくない」
「何言ってるのー。まだ作戦は始まったばかりなんだから気を抜いちゃだめだぞー」
「その格好で言われてもねえ。とは言っても下界での役割的にもう私たちにそんな仕事なくない?」
「軍隊の管理があるでしょうが。まだまだ忙しいんだから休んでる暇なんかないよー」
「・・・他の国のやつらも苦労してんだろうなあ」
「そりゃそうだよー」
話し言葉も女性、態度もどこか若者っぽいのに見た目だけお爺ちゃん。
その違和感の原因はもちろん彼らにある。
何を隠そう彼女らは使徒なのだ。
今は任務の都合上姿を変えているので、この異様な空間が誕生してしまっている。
「潜入任務なんて、偉そうな爺ちゃんの姿して、会議でうんうん言ってればいいだけの仕事だと思って引き受けたのに。あと80年はだらだらするはずだったのに」
「でもおかげで今回の同盟を簡単に誘導することができたんだからよかったじゃない。やっぱりルイ様はすごいなー」
「これがいつも言ってる保険ってやつだね。今回は勉強になったよ」
「勇者の方もうまくいってればいいけど」
「あっちは心配ないでしょ。なにせルイ様直々に指揮を執ってるんだから」
「それもそうかあ」
この部屋に篭ってから、最初こそおしゃべりしていた彼女らだったがやがて動かなくなる。
昼寝だ。
「・・・明日から頑張ろ」
これらが世界存亡の重要な一端を担っている存在であることを、当の守られている側のものはだれ一人として知らない。
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