新しい力
飛鳥が目を覚ましたとき、既に夜は更けていた。目の奥の痛みはもうない。恐る恐るなで回しても、目が増えたようには感じない。
(鏡…)
電気をつけて手鏡を見る。変異した飛鳥の左目は、虹彩がエメラルドグリーンに染まっていた。顔の角度を変えながらじっと見つめ、それ以外の目立った変化がないことを確認する。
(よ、良かった…。目の色が変わるぐらいですんだ…。最悪、自分の顔を自由に変えられる異脳が必要になるところだった…)
飛鳥は胸を撫で下ろした。姿を変える異脳など身に付けたら、どんな体になるか分かったものではない。出来る限り避けたい選択だった。
(一々異脳を作る度に気絶するんじゃ、とても戦闘中には使えないな…。取り敢えず今は異脳解析だ。早速僕自身に使ってみよう。えーと…)
飛鳥の設計通りなら、新たな異脳は対象の頭部を視界にいれて念じることで発動するはずだった。自分に対して使うときは、左目を閉じて念じる。
異脳2:****
異脳を確認する異脳。対象の頭部を視界にいれて念じることで発動し、左目の視界内に異脳の効果を記したステータス画面を投影する。疑問に応じて補足説明が追加される。
自分の異脳を確認する際は、左目を閉じて念じることで発動する。自分の異脳に関してのみ検索も可能。異脳を持たない相手には効果がない。
閉じた左目の中にステータス画面が現れる。最近の異世界転移ものの漫画でよくある表現だ。なんだかんだで分かりやすい、良くできたシステムだと思う。
(複数の異脳が必要になったときのために検索機能をつけたけれど、名前がないと分かりにくいな…。これについては後で考えよう)
異脳1:****
肉体を再生する異脳。破壊された異脳核も再生が可能で、この異脳の異脳核自体も他の異脳核が残っていれば再生できる。その為、全身の異脳核を同時に破壊されない限り死亡しない。
生存本能が作り出した異脳であるため効果はシンプルだが、応用次第で老いた肉体の修復なども可能。
(これが頭を再生した異脳か。思ったより強力だね…。寿命がないのは良いのか悪いのか。あまり使いたくないな。さて、最後の異脳だけど…)
異脳0:****
電磁波を放って神経を操る異脳。この異脳は…
(やはり! 僕の元々の異脳は"異脳を作る"だけの効果じゃない!)
飛鳥は推測が当たっていたことに戦慄した。異脳の効果も分からず、まかり間違って変な暴走でもしていたら、その瞬間人生が終わりかねないことはよく分かっている。
おそらく、鬼熊も飛鳥達を殺す気はなかったはずなのだ。いきなり異脳が発動して制御できずに後に引けなくなったという意味では、彼も己の異脳の犠牲者と言えるだろう。
異脳0:****
異脳核から電磁波を放ち、全身の神経を操る異脳。この異脳は、自らの神経の一部を異脳核に変異させるだけでなく、他者の神経も操ることができる。神経を操られた人間は、自分の意思よりも飛鳥の意を汲んで行動する。
ただし電磁波が十分な強度で届かないため、自身の頭部から5m以上離れた相手には支配ではなく命令になる。
(そうか…僕は無意識に、他人を操っていたのかもしれない)
最近、飛鳥の近くではスマートホンもラジオも調子が悪い。無意識に電磁波を頭から放っていたのだとしたら、それらの説明がつく。それに…
(僕があの研究者の立場なら、異脳者を強制隔離して閉じ込める程度のことは考える。いくらエヴォルウイルスが感染しにくいとしても、防疫の観点から見ても多分それが正しいはずだ)
しかし、実際には飛鳥は家に帰れた。それだけではない。三人の博士も、前園も飛鳥のことを慮っていた。変な超能力を使うミュータントを、だ。前園はともかく、あの三博士は明らかに飛鳥の人格や尊厳に気を回す人間ではない。
(仮に僕の異脳の効果を受けていたとしたら、あの三人は最大限に思いやってアレ…。もう関わりたくなくなってくるな…。いや、鬼熊もか…)
おそらく、鬼熊には他人の事情を思いやる能力が極端にないのだ。だから多少飛鳥の異脳で気を使わされた程度では意にも介さず、飛鳥の頭を打ち抜けたのだろう。
(…凄いな、ある意味で…)
飛鳥は若干気落ちしながら部屋の外に出た。皆が寝ている間に、済ませなければいけないことがある。
(まずはこの異脳0の効果を…オフできないのか。なら最弱の状態にして…)
跳ねていた髪が元に戻る。どうやら静電気か何かで浮いていたようだ。地味ながら気にかかっていたので、元に戻ったのは有難い。
(よし、これで電子機器も使える。後は全員の異脳を確認しないと)
自爆しかねない、とんでもない異脳を持っていられると困る。飛鳥は両親の部屋を静かに開けた。
(父さんの異脳は…やはり、ある! くっ…)
ステータス画面が左目に浮かぶ。飛鳥の父の異脳は…
(『ゴルフが上手くなる』…だと!?)
正確には、手のひらから振動波を発して、手に持った棒で叩いたものをある程度思い通りに飛ばす、というものである。確かに飛鳥の父はゴルフが大好きだが…。異脳までゴルフに向いているとは思わなかった。
(道理で父さんは異脳に気がつかなかった訳だ。そもそもこんな異脳なしでも、父さんはゴルフが上手い。サラリーマンだから怪我もしにくい…。じゃあ、母さんは!?)
母の異脳は『手足に物を吸い付ける』ものだった。正確には、手足の皮膚に吸盤性を帯びさせることができるというものだが…。
(何に使えばいいんだ、これは…。卵を握らずに持つとか? そもそも、そんなことしようとも思わないな)
飛鳥は部屋の扉を閉めた。異脳者になっても異脳の効果が強力とは限らない、と飛鳥は知った。おそらく二人は自分に異脳があることすら気づいていないのだ。
(後は、姉さんだけ…)
「飛鳥?」
「!?」
飛鳥は振り向いた。暗がりには、かなめが立っていた。
「ねぇ、さっきのことだけど…部屋の中で暴れてなかった?」
かなめと飛鳥の目が合う。
「お姉ちゃんに、教えてくれるかな? 昨日、ひったくりに合った時に何があったのか」
(…どうする!?)
飛鳥は左目を輝かせた。予想通りかなめも異脳者だ。だが、どこまで説明すればいいのか…。
「飛鳥?」
「どうして、説明が必要だと思ったんだい?」
「だって、帰ってきてからずっと不安というか、疲れてるっていうか…辛そうだったんだもの。それに、その目はなに? ひったくられた時にぶつけたりしたんじゃない?」
「…分かったよ。でも、父さんと母さんには秘密にしてほしい」
かなめは首を傾げながらうなずいた。
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