第32話
観客席に戻ってくると、なぜかウィンが座っていた場所にアリアが座っていた。
どうしたんだろう。
「アリア」
声を掛けると、僕に気づいたアリアが口を開く。
「戻ってきたのね。試験お疲れ様」
「ウィンは?」
アリアが少し首をかしげる。
「さあ。ソウタの試験が終わった時に勢いよく出ていったのは見たけれど」
トイレにでも行ったのかな。
まあ、それはいいとして。
「……なんでアリアはそこに座ってるの?」
「ここにいればソウタと会えるでしょう? 少しでも一緒にいたくて」
うっ。
なんて不意打ちだ。
すごい嬉しいけど。
「試験、よく頑張ったわね」
「……全然戦えなかったよ」
「いいえ、治療魔法の練習台として最高の出来だわ」
「そっちかよ!」
「あら、ちょっと怪我が残ってるじゃない」
アリアが僕の腕を指差してくる。
確かにあざが残っていた。
痛みは無いから、時間が経てば治ると思うけど。
「これくらい大丈夫だよ」
「ソウタは大丈夫でも私は大丈夫じゃないの。ほら、見せて」
アリアが近づいてくる。腕が掴まれる。
紫のあざが治療魔法の光に包まれる。温かい何かが流れ込んできた。
すうっと腕のあざが消えて、健康的な肌色が戻った。
「ありが──」
お礼を言おうとして、僕は停止した。
すぐ目の前にアリアの顔があった。
澄んだ赤い瞳が、まっすぐに僕を見ていた。
「かっこよかったわよ」
「えっ」
ぐっとアリアに腕を引っ張られた。
鼻と鼻がくっつきそうな距離まで、アリアが近づいてきていた。
視界いっぱいに、アリアの顔。
艷やかな肌。小さな鼻。薄いピンク色の唇。
前にもこんな雰囲気になったことがあった気がする。
そう。例えば、キスをする時みたいな──。
「おうソウタ! 戻ってたのか!」
ウィンの声が聞こえたと思った瞬間、体が吹っ飛んだ。
いつの間にかアリアとの距離が離れている。
アリアは何事もなかったかのような表情を浮かべている。
超人的な早業。恐ろしい精神力だ。
「ん? どうしたソウタ、そんな変な顔して」
「い、いや。なんでもないよ。それよりウィンはどこに行ってたの?」
「ソウタを最初に出迎えてやろうと思ってたんだがな。治療室に行く途中で道に迷っちまってよ。気がついたら教室にいたんだ」
「ウィンってもしかして方向音痴?」
「いや、違うぜ。ちょっと道に迷いやすいだけだ」
それは方向音痴だよ、ウィン。
「にしても良い戦いぶりだったぜ。ソウタは勇気あるな」
「……そうかな」
「レッサーオークの顔に杖投げる奴なんて初めて見たぜ。まあ、あれだと魔法使いってよりかは格闘家だけどな!」
魔法使いじゃなくて格闘家、か。
ちょっと落ち込む。
魔法使いを目指して頑張ってるつもりなんだけど。
「僕は魔法を使って戦いたいんだけどね……」
「気落ちすることはねえだろ。俺はいいと思うぜ、拳で戦う魔法使い。それに俺だって、魔法使えないようなもんだしな」
ウィンが僕の肩に手を置いてくる。
「一緒に頑張ろうぜ」
「そうだね。ありがとう」
なんだか元気が出た気がする。
試験はダメだったけど、これからも頑張れそうだ。
「……なあソウタ」
「何?」
「さっきからこっち見てるあいつ。お前に用があるんじゃねえか?」
「え?」
ウィンが見ている方向に視線を向ける。
アリアが僕たちのことをじっと見ていた。
「どうしたの? 僕に用があるなら」
「ソウタに用は無いのよ。ただ気になることがあって」
アリアはウィンに視線を移した。
「あなた、ウィンと言ったかしら?」
「おう。そういうお前はアリアだな」
そういえば、アリアとウィンが話しているところはあまり見たことがないな。
珍しい組み合わせだ。
「さっきの試験で、魔法を使っていなかったように見えたのだけれど」
「それがどうした?」
「ただ気になっただけよ。魔法は使わないのかしら?」
そういえば、アリアはウィンが魔法を使わない理由を知らないのか。
「いいや、使えねえんだ」
「……それはどうして?」
「使える魔法に適正がありすぎて、制御ができないんだぜ」
「適正がありすぎて?」
アリアが考え込む様子を見せる。
「そんな話、今まで聞いたことないのだけれど」
ウィンがめんどくさそうな表情をしている。
「別にいいだろ。魔法を使わなくたって勝てたんだしよ」
「……そうね」
アリアは煮え切らない様子だ。そんなに気になるのかな、ウィンの魔法。
その時、ルドリク先生の声が聞こえてきた。
「次はアリアさんです。来てください」
どうやら出番が回ってきたみたいだ。
「私の番みたいね」
アリアが立ち上がって、さっさと試験に向かおうとする。
「アリア、頑張って」
「言われなくても頑張るわよ」
あれ、ちょっと刺々しい反応だ。
言わない方が良かったかな。
するとアリアが恥ずかしそうに言った。
「でも……ソウタに言われると元気が出るわ。ありがとう」
アリアの頬が朱色だ。
やばい、かわいい。
隣で会話を聞いていたウィンが反応した。
「ふー! アツアツだな!」
「黙りなさい。燃やすわよ」
「怖えなおい!」
「それじゃ、行ってくるわね」
アリアが訓練場中央へと向かう。
話が聞こえない距離までアリアが離れたところで、ウィンが話しかけてきた。
「なあソウタ」
「何?」
「お前の彼女、怖えな」
「何を、心外な」
ウィンは何も分かっていないな。
「本当は優しいし、すごくかわいいよ」
ウィンが愕然とした表情を向けてくる。
「ソウタお前……これが恋に盲目ってやつか」
盲目?
それはどういう意味で言ってるんだ。
もしかして僕の言葉を嘘だと思ってるのか。
「嘘じゃないよ。本当だよ」
「はっはっはっ。こりゃお手上げだな」
なぜか大笑いされた。
本当に嘘じゃないのにな。
「お、アリアの試験始まるみたいだぜ」
そう言われて、訓練場中央に視線を移す。
アリアはいつも通りの巨大な杖を持っている。
何度見ても本当に立派な杖だ。
いいなあ。あんなのが僕も欲しかった。
僕の杖は、なんていうか、こう、杖って感じがしないもんな。杖らしさがないというか。おまけにやばい幽霊宿ってるし。
「試合始まんねえな」
ウィンがそう言ってくる。
確かになかなか始まらない。
どうしたんだろう。
「なんか様子おかしくないか?」
「え? どこが?」
「ほら、ルドリク先生見てみろよ」
言われたとおりに見る。確かに様子がおかしい。
誰もいない場所に話しかけている。
「魔法でやりとりしてるのかな」
教員同士でコミュニケーションを取っているのかもしれない。
でも今は試験直前だ。
試験の開始を遅らせてまで、一体何を話しているんだろう。
すると訓練場の入り口から大人の男の人が走って入ってきて、ルドリク先生のもとに向かっていった。
ウィンが疑問の声を上げる。
「誰だ? あれ」
「多分他の先生とかじゃないかな」
先生らしき人がルドリク先生の前まで行く。
そして話し始めた。割と大きな声だ。
「ルドリク先生、お願いします。なにせ対応できる教員が限られていまして」
ルドリク先生が抗議するような
「しかし……第二訓練場ですか? モンスターが脱走したのは」
ルドリク先生のその言葉に、僕とウィンは思わず顔を見合わせた。
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