第30話

 次の生徒の試験が始まったところで、ウィンが観客席に戻ってきた。


「ウィン!」


 僕が名前を呼ぶと、ウィンが笑顔で手を上げて駆け寄ってくる。

 そして隣の席にストンと座った。


「すごかったよ! レッサーオークに勝つなんて!」


「油断して、一発くらっちまったけどな」


 そう言いつつも嬉しそうだ。


「それでもすごかったよ。刀を抜かないまま倒すなんて」


「ああ。いや、本当はな、刀を抜くか迷ったんだ」


「そうなの?」


「殴られた時にな。負けるかもと思ったんだ。正直焦ったぜ」


 焦ってたんだ。

 全然そうは見えなかったけど。


「じゃあなんで抜かなかったの?」


「そりゃあ抜いたら昔に……」


「昔に?」


「いや、やっぱなんでもねえ」


 なんだか歯切れが悪いな。

 ウィンらしくない。


「なんでもないって言われると余計に気になるんだけど」


「まあ気にすんな。気分が乗らなかったんだ。何にせよ、勝ったんだからいいだろ?」


 確かに。

 細かいことを気にしすぎかもしれないな。


「うん、そうだね」


「んな話よりもだな」


 突然、遠くから重低音が聞こえた。

 どーん、と腹に響いてくるような。

 爆発音なんだろうか。

 とにかくすごい音だ。


「隣の訓練場じゃねえか?」


 ウィンが音の方向を向きながらそう言ってくる。


「隣?」


「ああ。ちょっと見てみようぜ」


 ウィンが立ち上がる。


「見るって、どうやって?」


「上に行けば見えるだろ、多分」


 そう言って観客席の上の方に上っていく。


 ウィンの後をついて、僕も観客席の上の方に行く。


「ほら」


 ウィンがそう言って指差したのは、隣の訓練場。

 言われた通りに見てみる。


 レッサーオークが倒れている。

 少し離れた場所で先生らしき人が見守っている。


 なるほど。

 隣の大訓練場でも試験をやっているみたいだ。

 僕とは違うクラスの生徒たちだろう。


 倒れたレッサーオークの前に人がいる。

 金髪の少女だ。


「あいつだな。見ろよ」


「あの金髪の人?」


「そうだ。ソウタは入学する時、筆記試験で主席だったろ?」


「そうだけど」


「あの金髪のヤツは、実技試験で主席を取った生徒だ」


 実技で主席。

 つまり、僕の学年で一番強い人。


 改めてよく見てみる。


 金髪で、少し背の高い少女。

 腰に剣を差している。鞘に細かな紋章が描かれてる。もしかして魔法剣かな。


 あと、金髪が目を引く。剣の柄の部分までかかってるくらい長い。太陽の光を反射してきらきらしてる。


 遠目から見ても、全体的に体が引き締まっているのが分かる。鍛えてるんだろう。


 顔はとても整っている。偉い人の館の壁にかかってる絵画に描かれてそうなくらい。

 全体的に凛とした印象だ。


「どんな人なんだろう」


「バケモノみたいに強い。んで、真面目……ってか頭が固いらしい。噂だがな」


「へえ。本の中にいる騎士様みたいだね」


「その通りだぜ。『光の騎士』って大層な二つ名まで持ってるらしいからな」


「かっこいい二つ名だなあ」


 僕もそんな二つ名で呼ばれてみたいな。


「なんだよ、ソウタにも二つ名あるじゃねえか。千年がなんとかってやつ」


「うろ覚えじゃないか!」


 最初の二文字しか合ってないよ。


 こんな不名誉な二つ名を正確に覚えられるのも、それはそれでいい気分はしないけど。


 その時、ルドリク先生の声が聞こえてきた。


「次、ソウタ君です。来てください」


 訓練場の中央を見る。

 ルドリク先生と目が合った。

 どうやら僕の番らしい。


「呼ばれてるぜ? ソウタ」


「うん。行ってくる」


「死ぬなよ」


 にへらと笑みを浮かべて言ってくる。


 怖いこと言うなあ。


「死なない程度に頑張るよ」


「おう。頑張れ」


 ウィンの応援が僕の背中を押してくれた。


 クラスメイトを避けつつ観客席を降りる。


 すると、透き通った声が僕の耳に入った。


「ソウタ」


 振り返る。

 アリアがいた。

 じっと僕を見てきている。


「勝算はあるのかしら」


「……やってみないと分からないよ」


「無いのね」


「うぐ」


 相変わらず容赦無い。


「よく逃げ出さないわね」


「テスト受けないと進級できないからさ。逃げるわけにはいかないよ」


「あらかっこいい。惚れちゃいそう」


「ほ、惚れるって」


「いえ、言い方を間違えたわ。もう既に惚れているから、正しくは『惚れ直す』ね」


 な、なんだ。

 いつになくアリアの押しが強い。


 アリアがにっこり笑って僕を見てきた。

 思わず目をそらす。

 恥ずかしい。


「アリア、周りに人いるけど、いいの?」


「どういうことかしら?」


「だって、その……そういうことは、えっと、人がいないところでって言ってたじゃないか」


「馬鹿ね、ソウタは」


「え?」


「ソウタ、私は心配しているの」


 僕の頬に手を当ててくる。

 温かい。


 耳元でアリアが囁いた。


「杖のことで隠し事してるでしょ? 違う?」


「なっ」


 杖のこと、なんで知ってるんだ。

 誰にも話して無いはず。


「先生の部屋で危ないことしてるでしょう」


 憑依のことを知ってるのか?


 どこまでバレてるんだ。

 そもそもどうやって知ったんだ。


「なんで……知ってるの?」


「気づかないとでも?」


 アリアがため息をついた。


「ルドリク先生に聞いても答えてくれなかったわ。だから具体的に何をしてるかは分からない。でもね。私だって……心配するの」


「アリアが心配するほど危険なことはしてないよ」


「だったら言ってくれてもいいでしょう?」


「それは……」


「ルドリク先生にでも口止めされてるんでしょう。それはいいわ。でも一つ約束して」


 約束?


「ちゃんと生きて帰ってくるって」


 行きて帰ってくる。

 何を言ってるんだ。


「そんな大げさな」


 僕が死にそうになったら先生が守ってくれるはずだ。


「何が起こるかなんてわからないでしょう?」


「…………」


 言い返そうとして、言葉に詰まった。


 僕は既に何度も危険な目に合っている。

 ウィンにも警告された。ザボルがヤバいから警戒しとけ。殺されることもあるんだぞ、と。


 どうせ何も起こらないから大丈夫! なんて。

 アリアを安心させたいだけの無責任な言葉だ。


「分かった。約束する」


「絶対よ」


「うん。絶対」


「ソウタ君、来てください」


 ルドリク先生が呼んでくる。


「行ってくるよ」


「ええ」


 アリアがニコリと微笑んだ。


 そうだ。僕はこの笑顔が見たいんだ。

 アリアの困った表情は見たくない。ずっと笑っていてほしい。


 これ以上心配はかけられないな。


 訓練場の中央に到着する。

 ルドリク先生が話しかけてきた。


「ソウタ君ですね。不正が無いか、杖の確認をします」


「はい」


 杖をルドリク先生に渡す。

 黒い、木の枝のようなそれを、ルドリク先生は熱心に見ている。


「憑依は絶対に使わないでください」


 不意に先生がそう言ってきた。


 ルドリク先生が杖を返してくる。


「危なくなったら必ず私が守ります。いいですね?」


 ルドリク先生のその言葉に、妙に力がこもっていた。


 僕はゆっくりと首を縦にふるしかなかった。

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