第29話
ウィンとレッサーオークが相対した。
ウィンは手合わせの時と同じ。真剣な表情。
対してレッサーオークは、凶悪な笑み。
まさに獲物を見つけた時の顔。
普通に怖い。
体格差は一目瞭然。
子供と大人。いや、それ以上。
ウィンは鞘がついたままの刀を持っているだけ。一歩も動こうとしない。
どちらもじっと相手を見ている。
動いた。レッサーオークだ。
地面を蹴った。その衝撃で床のタイルが割れて飛び散る。
距離が一瞬で近づく。なんて速さだ。
ウィンの目の前で、躊躇なく拳が繰り出される。
ウィンの姿が消えた。
レッサーオークの拳が空を切ってる。
バン! と二度、空気が破裂するような音がした。
レッサーオークの顎が打ち上がってる。
その真下で、ウィンが腰を落として鞘に手を添えている。
突進した勢いを保ったまま、レッサーオークが地面に倒れて転がった。
速い。
何が起きたのか分からない。
レッサーオークの足先が潰れてる。
もともと潰れていた? いやそんなわけない。
ウィンが潰したんだ。
鞘がついたままの刀で殴ったんだろう。
拳を躱した直後の一瞬。
魔法も使わず、刀も抜かず。
それであの威力。
「あの生徒、なかなかじゃないか」
後ろからスカウトの人の声が聞こえてくる。
「魔法も使わず倒すとは、有望かもしれん」
「そうか?」
「顎と足先。どちらも急所だ。剣捌きももちろんだが、それ以上に冷静に戦っているところが良い」
「しかし魔法を一切使っていないぞ?」
「それがどうした」
「いくら剣が上手かろうと、魔法が使えないボンクラを師団には入れられない」
「今のはあくまで学生として評価しただけだ。スカウトするかはまた別の話だろう。それにまだ一年生だ」
まじか。
今のでもスカウトされないのか。
確かに、まだ一年生の僕たちをスカウトする気はないのかもしれないけど。
それでもあの戦いぶりでスカウトしないなんて。
やっぱり、帝国魔法師団に入るのってかなり厳しいんだな。
訓練場に意識を戻す。
ウィンはレッサーオークに背を向けて、ふうと一息吐き出している。
試験終了、といったところだろう。
突然、はっとした表情でウィンが振り返る。
巨大な腕が振り下ろされる。
訓練場の床にクレーターができた。
そのすぐ横で、ウィンが体を反らして避けてる。
更にレッサーオークが足を振り下ろす。
床のクレーターが更に広がった。
ウィンは素早く転がって距離を取っている。
レッサーオークが怒号を上げて、腕で床をえぐった。
いくつもの破片がウィンの方へと吹き飛ぶ。
ウィンが刀を高速で振ると、破片が全部弾かれた。
けど、飛んできたのは破片だけじゃなかった。
宙に舞った砂塵がウィンの顔にかかる。
ウィンが目を塞ぐ。
巨大な腕が薙ぎ払われて。
ウィンの体が小石のように吹き飛んで、吹き飛んで。
終わらなかった。
ウィンが思い切り体を反っている。足が床に接地した。
ズサアアアアアと摩擦音が響く。
砂埃を巻き上げ、曲線を描くように地面を滑走して停止した。
ウィンは息を荒げて、手を地面につくことなく立っている。
耐えた。
信じられない。
ウィンは魔法を使ってない。生身のはずだ。
一体どういう鍛え方をしてるんだ。
生身でレッサーオークの攻撃を耐える人なんて、帝国魔法師団にもいないだろう。
なんてやつだ。
でも耐えたからって、戦いは終わらない。
追い詰められている。
ウィンもそれを分かっているのか、表情は険しい。
あれ?
ウィンが笑っている。
いつになく嬉しそうな笑みを浮かべている。
ウィンの雰囲気が変わった。
レッサーオークが飛び出してくる。
そして高く飛び上がる。
ウィンの上から巨体が落ちる。
まだ笑ってる。
ウィンが足を動かす。まるで武術の達人のような、なめらかな足さばきだ。
瞬時にウィンが後退した。
刀に手がかかってる。
ウィンが消えた。
スパン! と痛快な音が響く。
レッサーオークの首があらぬ方向に向いている。
その横で、ウィンは刀をそっと持ち、背筋を伸ばして立っている。
首を折った。
鞘がついたままの刀で。
スカウトの人の息を呑む声が聞こえてくる。
「ば、化け物か……」
これが魔法剣士。
いや。魔法なんて使っていない。
剣士だ。
本物の剣士だ。
途端、大きな歓声があちこちから湧き上がった。
それに応じるように、ウィンは刀をかついで笑顔を浮かべている。
まだそんな余裕あるのか。
「……リストに入れておけ。スカウトのだ」
大きな歓声の中で、そんなつぶやきが聞こえた。
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