第28話

 テスト当日。


「今日は学年末テストを行います」


 教室の前の方にある壇。

 その上でルドリク先生が説明している。


「試験は一人ずつ行います。試験では、レッサーオークと戦ってもらいます」


 レッサーオーク。

 改めて言われると身が震える。


 勝てる気がしない。


「私が皆さんの戦闘を横から見て、どれぐらい戦えたかを判断し、点数を付けます。成績の順位は明日学校で発表されます」


 学校で発表されるのか。

 最下位とか取ったら、みんなに見られて馬鹿にされたり……。


 だめだ。ネガティブになってる。

 もっと前向きに考えないと。


 ルドリク先生がニコニコしながら、最後に一言付け加える。


「帝国魔法師団の方々が視察に来きます。スカウトされるチャンスですので、みなさん頑張ってください」


 教室の中がざわついた。


 帝国魔法師団。

 魔法使いのエリート集団だ。


 大魔法帝国がバックについている。

 言わずと知れた、国内最強の魔法使い集団。


 この国に住んでいる人の誰もが憧れて、尊敬する職業。


 そんな帝国魔法師団が視察。しかもスカウト。

 そんなことあるのか。


 正直うれしくない。


 どうせ勝てないのに、なんでそんな偉い人達が試験を見に来るんだ!


「それでは移動しましょう。立ち上がって、廊下に二列に並んでください」


 ルドリク先生がそう指示してくる。


 ざわついた雰囲気のまま、みんな立ち上がって廊下に並ぶ。


 ルドリク先生を先頭に移動が始まる。


「ソウタ、なんか顔色悪いぞ?」


 歩いていると、隣からウィンが話しかけてきた。


「昨日全然寝れなかったんだ。緊張しちゃって」


 緊張するっていうよりは、怖いんだけど。


 レッサーオークと戦って勝てるイメージが全く浮かばないんだ。


「そりゃ大変だな」


「ウィンは緊張しないの?」


「しねえよ。いつもと同じことをするだけだしな」


「すごいね。僕も見習いたいよ。緊張しない方法とかあるのかな」


「あーそうだな。あると思うぜ」


 あるんだ。

 なんだろう。


「しっかり寝て体を休める。んで、万全の状態で挑む。これしかねえぜ」


「授業中も寝てるウィンが言うと説得力があるね」


「へへ、それほどでもねえよ」


「褒めてないよ!?」


 そんな感じでウィンと話しながら移動を続けていると、目的の場所へ到着した。


 大きな鉄格子の扉をくぐって中に入る。


 大訓練場だ。


「広いな」


 隣でウィンがつぶやいた。


 確かに広い。


 ぐるーっと円状にフィールドが広がってる。


 教室が三つくらい収まりそうな広さだ。

 そんな広いスペースを、高さ五メートルくらいの壁が取り囲んでる。

 あと、僕がいるところとは反対側の壁に大きな鉄格子の扉がある。入退場用の入り口だろう。


 そして壁の上に観客席が広がってる。

 訓練場というか、闘技場だ。


 僕たちがいる大訓練場の隣にももう一つ大訓練場があるみたいで、そちらからも声が聞こえてくる。


 他のクラスも試験してるのかな。


「ソウタ! 観客がいるぞ!」


 ウィンに言われて目を向ける。


「ほんとだ」


 フィールドを囲む観客席には沢山の生徒が座っていた。

 他の学年の生徒、なのかな。


 こんなに人がいるとは思わなかった。

 余計に緊張するな……。


 すると隣でウィンが声を上げる。


「テンション上がるな!」


 ウィンの頭の中には緊張って言葉が無いみたいだ。

 すごいな。


 僕も、緊張しない強い心が欲しいな、なんて思いつつ観客席を見渡す。


「あれ、なんか……」


「どうしたソウタ」


「みんな僕のこと見てる?」


 ウィンがニヤリと笑ってくる。


「ソウタは悪い意味で有名だからな」


「言い方が遠慮ないね!」


「ま、別にいいだろ? 今に始まったことでもねえしよ」


 ぐう。

 確かにそのとおりだけど、ちょっと腑に落ちない。


 仕返しに何か言ってやるか。


「でも、ウィンも結構注目されてるみたいだよ」


「俺が? どうしてだよ」


「多分、寝癖で髪が爆発してるからだと思う」


「はっはっはっ! これで俺も有名人だな!」


 なんて前向きな男なんだ。


 ここまで来ると、もはやバカなのか肝が座っているのか分からない。


 するとルドリク先生が指示を出してきた。


「生徒は観客席で待機してください。順番になったら私が呼びます。それまでは他の人の試験を見ているように」


 そう言った後、ルドリク先生はウィンを見る。


「ウィン君、来てください」


 最初はウィンなのか。

 出席番号順じゃないな。

 どういう順番なんだろう。


「じゃ、行ってくるぜ」


「あ、うん」


 ウィンがスタスタと訓練場の中央へ出ていった。

 声が軽いなあ。

 トイレに行くときみたいな感じだ。


 ウィンを見送ってから観客席へと向かう。

 階段を上がって、適当な位置に腰を下ろす。


 訓練場の中央では、ウィンがルドリク先生に杖を渡しているところだ。

 不正してないか確認してるんだろう。


「今年は粒ぞろいと言っていたな」


 誰かの話し声が聞こえてきた。

 後ろの方の席。

 生徒の声じゃない。大人の声だ。


「ああ。特に実技主席の生徒は逸材と聞いている。と言っても、その主席は第二訓練場らしいが」


「時間があれば声をかけようと思っていたが、残念だな」


 この人達は……さっきルドリク先生が言ってたスカウトの人か!


 本当にいたのか。

 

 チラリと後ろを見てみる。


 黒いローブをかぶった人が二人で話し合っている。

 ローブの袖に、かっこいい紋章みたいなのが書かれてる。


 間違いなく帝国魔法師団の魔法使いだ。


 こんな近くにいたのか。


「なに、こっちにも有望株はいるさ」


「有望株? リンフェルグ家の長女か?」


「そうだ。才覚もさることながら、本人の努力が大きいらしい。公爵家はいい跡継ぎを持ったな」


 アリアが注目されてる。

 すごい褒められてる。


 嬉しい。

 自分が褒められるよりも嬉しいかもしれない。


「そろそろ始まるぞ」


 スカウトの人が言った。

 試験が開始するみたいだ。


 訓練場の中央に意識を戻す。


 訓練場中央にウィンだけが立っている。

 目を瞑っている。

 集中してるみたいだ。


 ウィンから少し離れた場所で、ルドリク先生がはっきり告げる。


「はじめ」


 始まった。


 訓練場の壁の鉄格子が開いていく。

 ちょうどウィンの正面の位置だ。


 中から大きな影が出てくる。


 でかい。

 かなりでかい。


 三メートルは超えてる。足が太い。人の体くらいある。

 腹なんて太すぎて巨木みたいだ。


 肌は茶色でごつごつしてる感じ。

 口から凶悪な牙をのぞかせている。


 レッサーオークが一歩踏み出した。

 ズン、と地面を踏みしめる重低音が響いてくる。


 大きな岩が意思を持って動いてるみたいだ。

 威圧感が、すごい。

 こんなに離れてるのに。


 ウィンがレッサーオークをじっと見てる。


 レッサーオークが、獲物を見つけたと言わんばかりの、凶悪な笑みを浮かべていた。

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