第27話
付き合っていることは秘密にしよう。
僕とアリアはそう約束した。
けど、秘密にしようとする情報ほど知られてしまうのが世の常で……。
具体的に言おう。
付き合い始めた翌日にバレた。
二日後には噂話になった。
三日後には、教室でウィンがこう言ってきた。
「ソウタついに告白したんだってな! うまくいって良かったじゃねえか!」
まるで自分のことのように喜んでいる。
否定できない……。
本当のことだし。
ウィンが嬉しそうだし。
『落ちこぼれと公爵家の令嬢が交際!』
そんなニュースが学校中へ知れ渡った。電撃が走るような速さだった。
隠し事がバレたとかそういうレベルの話じゃない。
みんなが知りすぎていて、周知の事実になってる。
最近の事件? ああ、あの二人? みたいな。
いっそのこと開き直って交際をアピールしてしまいたくなる。
あえて自分たちで言いふらせば、みんな興味を失うと思うんだ。
けれどアリアにその気は無いみたいで。
この前、学校の廊下で「手を繋ぐ?」とアリアに提案してみた時。
「ソウタのことは好きよ。でも人前では……しっかりしたソウタでいてほしいの」
と言われた。
アリアには嫌われたくないので、学校ではそういうことはしないように心がけようと思う。
学校が終わったら……そういうことだ。
アリアと付き合い始めてから、周囲に変化が起きた。
まず、悪口が減った。
廊下を歩いている時、僕のことを噂してる人が少なくなった。
『千年に一度の落ちこぼれ』とバカにしてくる人も少なくなった。
それ自体は嬉しい。
でも違和感が大きい。
何もしてないのに世界に認められたような気持ちだ。
あと、媚を売ってくる人が出てきた。
アリアと関係を持ちたい人が僕を仲介しようとしてくる。
お金とか地位とかをちらつかせて交渉しようとしてくる。
金やるからアリアを連れてこい、みたいな。
もちろん、こういった類のやつらは全部断っている。
アリアに近づこうとする不遜な輩は一人も通すつもりはない。
一人二人通したところで、アリアに魔法で丸焼きにされるんだろうけど。
あとは、お昼ごはんをアリアと一緒に食べるようになった。
屋上で二人きりでだ。
しかも食べるのはただの昼食じゃない。
アリアの手作り弁当だ。
僕のために、わざわざアリアが作ってくれたお弁当だ。
これ以上の幸せがあるだろうか。
いや無いね。
それで、アリアは毎回「あーんして」とねだってくる。
要望通りに食べ物を口に運んであげる。
すると真っ赤になって顔を隠すのだ。
恥ずかしいならやらなきゃいいのに。
とは思いつつも、恥ずかしがるアリアが可愛い。
なのでやめる気は無い。
学校からの帰り道もアリアと一緒だ。
人のいない場所では手をつないでいる。
アリアの手が柔らかくて、握っているとドキドキする。
そして別れ際には必ずキスをする。
少し緊張して、恥ずかしくて、けれど幸せな時間だ。
さて、アリアと付き合って変化したこともあれば、変化しないこともある。
魔法だ。
相変わらず魔法が使えていない。
週に一回、ルドリク先生の研究室へ通っている。
そこで魔法を教えてもらっている。
魔法の仕組み、概念から、使うときのコツ。
でも魔法は使えない。
使えるように鳴る気配すらしない。
訓練が足りないのか?
それとも才能?
……両方か。
魔力が足りない。
経験値が足りない。
試行回数が足りない。
早く使えるようになりたいとは思うけど。
足りないことだらけだ。
憑依を試してみたりもした。
けど失敗した。
ルドリク先生の部屋がごちゃごちゃになった。
憑依した後。
「魔法が使えるようになるまで憑依はしないように」
そう言われた。
魔力の制御ができないと、体を乗っ取られる危険性があるらしい。
焦りは禁物。
それは分かってるけどむしゃくしゃする。
とにかく魔法が使いたい。
この際、魔法じゃなくてもいい。
力が欲しい。自分のことだけじゃなく、アリアを守れる力が。
そんなふうに悩んで。
時々アリアと幸せな時間を過ごして。
そうこうしているうちにあっという間に時は過ぎていった。
■□■□■□
ある日のこと。
朝の訓練を終えた後。
ウィンと、体育館で休憩している時だ。
ウィンが体育館の壁に寄りかかって目を閉じている。
僕はタオルで汗を拭きつつ聞いてみる。
「ねえウィン。その刀まだ使わないの?」
ウィンがけだるそうに片目を開けた。
「ん? 使わねえよ。というか、当分使うつもりはねえ」
「そうなんだ」
疑問だ。
ウィンが刀を抜いた瞬間を見たことがない。
模擬戦だけじゃない。
実践訓練でもそうだ。
僕との組手ならまだしも、ゴブリン相手なら刀を抜いたほうがいい。
鞘から抜けば刀が軽くなるし、何より攻撃力が格段に上がる。
それはウィンも分かっているはずなんだけど。
「ゴブリン相手に使えばいいのに」
「使わねえよ。刀を抜かなくても倒せるからな」
「刀を抜いた方が戦いやすいと思うけど」
「そりゃそうかもしれねえけどよ」
ウィンが立ち上がる。
刀を肩に担いで言ってくる。
「鞘ついたままで倒せるのに、刀を抜いたら手応えがねえだろ」
「ええ!? そんな理由で使わないの?」
「いいじゃねえか。そっちの方が訓練にもなるし、楽しいぜ?」
「楽しいからってそこまでする?」
「それにソウタ、こんな言葉がある」
「なに?」
「『練習は全力、本番は余力』」
練習は全力。本番は余力。
初めて聞く言葉だ。
「どういう意味?」
ウィンが、なぜか誇らしげに説明しだした。
「練習は全部出し切るような気持ちでやる。本番は余力を残すような気持ちでやる」
「え? 本番で余力を残すの?」
「あー、そういうことじゃねえ。なんて言えば良いんだ?」
ウィンが少し悩む様子を見せる。
「ソウタは、練習の時に緊張するか?」
「練習じゃ緊張なんてしないよ」
「そりゃそうだな。じゃあ本番はどうだ?」
「何をするかにもよるけど……本番は緊張はするだろうね。」
「だろ?」
ウィンが快活な笑みを向けてくる。
「本番は緊張する。不安になる。冷静じゃなくなる。そんな状態で全力なんて出せねえ」
「確かに」
「だからこそ余裕を持つ。余力を残すような気持ちでやる。そうやって冷静になることが一番大事なんだぜ」
「すごくいい言葉じゃないか」
「だろ?」
ウィンが笑顔を浮かべた。
まるで自分が褒められような笑顔だ。
「最高の言葉だぜ」
「それは誰の言葉なの?」
「ん? それは……」
なぜかウィンが言葉に詰まっている。
「誰だろうな」
「知らないの?」
「……いや、俺が考えたんだぜ? すげえだろ」
「バレバレの嘘をつくな!」
「はっはっはっ、バレちまったか」
ウィンが刀を置いて床に座る。
「なあソウタ。もう少しであれだな」
「何?」
「学年末テストだな」
学年末テストか。
普通に嫌だな。
「実戦形式とか無理なんだけど……」
学年末テストは、学生の評価を行う行事だ。
学んだ魔法を使えるか。
魔法使いとしての実力はあるのか。
そういった、筆記試験では測れないことを確かめるのだ。
実戦形式──モンスターとの戦闘によって。
そう、モンスターと戦う。
最悪だ!
帝国魔法師団という、めちゃくちゃ強い人達がいる。
その人達が、わざわざ僕たちの期末テストのために、モンスターを捕まえてきてくれるらしい。
わざわざ。
僕たちのために。
なんでも、優秀な魔法使いを育てるための、帝国の政策の一つなのだとか。
クソ大魔法帝国め! ここでも僕をイジメてくるのか!
戦うモンスターの種類はまだ明かされていない。
けど、多分ゴブリンだ。
実践訓練で何度も戦っているし、学生の実力を見るにはそれが適している、と思う。
本音を言えば、ゴブリン以外は勝てる気が全くしないのでやめてほしい。
「そんなに自信ねえのか?」
「うーん、ゴブリン一体だけならなんとかなるかもしれないけど」
「あ、ソウタ知らねえのか」
「え? 何を?」
「期末テストで戦うモンスターはレッサーオークだぜ」
開いた口が塞がらない。
レッサオークはオークの劣等種だ。
と言っても弱いわけじゃない。
むしろ強い。
僕が十回戦ったら十回負けるくらい強い。
ゴブリンとは比べ物にならないくらい強い。
今の僕が挑めば確実に殺される。
「冗談だよね」
「嘘でも冗談でもねえよ。一年生がオーク相手に戦うってのは、貴族の間じゃ有名な話だろ」
「僕平民なんだけど。僕だけゴブリン相手になったりしないかな」
「残念だったな。平民だろうが貴族だろうが、戦う相手はレッサーオークだぜ」
「無理に決まってるじゃないか!」
レッサーオークと戦えって? 無理だ。
やるまでもなく分かる。
「なんだソウタ、怖いのか」
「怖いに決まってるじゃないか」
「そうか。でもソウタ、そう不安がらなくてもいい」
ウィンが僕の肩に手を置いて言ってくる。
「墓は立ててやるからよ」
「勝手に殺すな!」
はっはっはっ、とウィンが快活に笑った。
「どうせみんな受けるんだしよ、前向きに行こうぜ」
「……まあ、そうだね。勝てるとは思わないけど」
「いいじゃねえか。勝負は勝つことが全てじゃねえからな」
「うん。死ななきゃ大丈夫って思っておくよ」
ウィンが『死ななきゃ大丈夫、か』とつぶやいた。
「先生が守ってくれるから普通は死なないぜ。ただな……」
途端に真剣な表情を向けてくる。
「それは普通の試験だった時の話だ」
「えっと、どういうこと? 普通じゃない試験もあるってこと?」
「貴族の妨害があるかもしれねえだろ」
「貴族の妨害って、流石にそんなこと」
「過去にはいるらしいぜ? 試験で死んだ生徒がな」
「死んだ人いるんだ……」
「ああ。それによ、ソウタ。お前に確認したいことがあるんだ」
「何?」
ウィンは世間話のように、軽く聞いてくる。
「ザボルに殺されかけたんだろ?」
「えっ」
思わず息を呑んだ。
「どうしてそれを」
「流石にそれぐらい知ってる。下っ端の男爵だけど、俺も貴族だからな」
ウィンが続ける。
「この前ザボル見たけどよ、相当ヤバいぜあいつ。雰囲気っつーか、オーラっつーか。人を殺す目をしてたって言えばいいのか? とにかくヤバい感じしてたぜ」
そう言われて、不意にザボルの言葉を思い出す。
『覚えていろ! お前達のことはタダでは済まさんぞ! いつか絶対、必ず殺してやる!』
ザボルが去り際に言った言葉。
威嚇のようなものだと思っていた。
けれど、もしあの言葉が本当に本心からの……。
本気の言葉だったとしたら。
「危険な時、試験を止めるために先生がいる。逆に言えば、先生がいないといけないくらい危険な状況にもなる。それって死人が出てもおかしくないってことじゃねえか?」
「事故に見せかけて、ってこと……?」
ウィンは僕の質問には答えずに、刀を持って立ち上がった。
「気を付けろよ、ソウタ」
僕も立ち上がる。
僕に背中を向けながら、ウィンが静かに喋る。
「今まで運良く生き延びてこれたのかもしれねえけどよ」
肩越しにチラリと振り向いて言ってくる。
「今日運が尽きてもおかしくねえんだぜ?」
「……気をつけるよ」
ウィンは笑いながら言った。
「朝の訓練の相手がいなくなると困るからな」
拳を突き出してくる。
「それは僕もだよ」
僕は拳を突き合わせる。
どんなに怖くても、不安でも、絶対に大丈夫だと思えた。
こんな最高の友達がいるなら、いつだって僕は最強になれる。
必ず生き延びる。
テストも乗り越える。
何の根拠も無しにそう思わせてくれるウィンが、いつにも増して頼もしかった。
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