第24話
ふわふわと浮遊する感覚。水の上に浮かんでる時みたいな。いや、夢の中のような。
ここはどこだ? 僕は学校の裏で倒れたはずじゃ?
とりあえず起き上がる。
ここは巨大な図書館らしい。天井が高すぎて見えない。沢山の魔法陣が輝いてる。空中に本が浮いてる。
「授与の部屋か」
「そう! 正解! 君は頭がいいね、ソウタ」
後ろから子供のような高い声が。
振り返ると、彼は口元に小さく笑みを浮かべて、何を思ってるのか分からない瞳でこっちを見てきていた。
「アインザーム……」
また僕は夢を見ているのか。あの時と同じアインザームの夢を。
前回は研究所みたいな場所だった。今回は授与の部屋。関連性があるのかな。
アインザームがゆっくりと周囲を歩いている。
「この部屋は僕が作ったんだよ? 今は『アーティファクト』なんて大層な名前で呼ばれてるらしいけど」
コツ、コツと足音が反響している。
「僕にとっては研究成果の一つでしかない」
アインザームが雪のような光を手に取ってフッと息を吹きかけた。
光の雪が真っ黒に染まって、崩壊するように空気中に解け出した。
あんな気持ち悪い魔法は見たことない。魔法ですらないのかもしれない。
アインザームがくるりと僕の方に振り向いてくる。
「君には好きな人がいるだろう」
何も言ってないのに。
「僕は何でも知ってるよ? 君のことも。君の好きな人のことも。君が好きな人を守れていないことも」
無邪気に笑ってるけど、見せかけだということはよく理解できる。貼り付けたような笑み。
敵なのか味方なのか分からない。アインザームは僕をどこまで知ってるんだ。
もしかして、全部、知ってるのか。
「彼女──アリア・リンフェルグは君を守るために婚約をした。つまり君は今回の事件の原因というわけだ」
アインザームが、まるで子供がそうするように首を少し傾けて、片目を閉じて。
可愛い子供の仕草に違和感は無いはずなのに、得体の知れない気持ち悪さを感じ取った僕の脳が警鐘を鳴らしている。
「女の子に守られてばっかりだねー」
確かに僕はアリアに守られてばかり。実践訓練の時もザボルの時も、結局最後に助けてくれたのはアリアだった。
「でも仕方ないよね?」
アインザームが目を細めて次々と言葉を並べ立ててくる。
「ぜーんぶ、大魔法帝国が悪いと思うよ? こんな制度作った国が悪いんだ。仕方ない。仕方ないよ」
確かに、元はと言えば国が悪いのかもしれない。
実力主義で排他的。弱肉強食で、弱い人には容赦がない。
国自体が変わらないと、問題の根本的な解決にならない。
それは正しい。
けど……。
「今の状況、仕方ないんだよ。だから安心して。君に責任はない。──アリアが苦しんで不本意な婚約をさせられたとしてもさ」
「仕方なくなんかない!」
「どうして?」
「僕の責任だ。僕が事件の原因なんだから、仕方ないなんて言えない」
学校に来た当初は、魔法さえ使えればと思っていた。
でも違う。違うんだ。僕は魔法を使いたいからここに来たんじゃない。
大切な人を守れる力が欲しくて、そのきっかけを求めてここに来たんだ。
だから仕方ないなんて言えない。
僕は、アインザームの言ったことを、真正面から否定したはずなんだけど、アインザームは嬉しそうに頷いている。
何なんだ一体。
「そうだね! 君の責任だ。君が自分で自分のことを守れるようになればいいよねー」
アインザームが目を見開いて両手を広げた。
「つまり君には力が必要だ」
突然、部屋全体が光り輝いた。あまりの光量にアインザームの姿がぼやけて見える。
まるで光で世界が満たされたような……いやこれは、まさか、そんなはず。
でも間違いない。この感覚。
この光、全てアインザームの魔力だ。
「僕は古い人間でね。沢山力を持っているんだ。君にも貸してあげるよ」
アインザームが手を伸ばしてくる。貼り付けたような笑顔のままで。
怖い。
反射的に身を引いた。
アインザームがニコリと微笑んでくる。
「大丈夫! 何も心配することはないよ。ただ名前を呼んでくれればいい」
意識が離れていくような気がする。
夢から目覚めようとしてるのか。
「僕はいつでも待っているよ、ソウタ」
■□■□■□
食器を洗う音が聞こえる。
目を開いてゆっくりと体を起こす。
僕は眠っていたのか。
頭がぼやぼやする。
「ここは……」
周囲を見渡す。
箱や資料などがごちゃごちゃと散らばってる。
この散らかり具体も随分と見慣れた光景になったな。
ルドリク先生の研究室だ。
僕が今座っているのは、即席で用意されたベットみたいだった。
「ソウタ!」
バタバタと足音が近づいてくる。
アリアが顔を見せた。
かなり気が気でない様子だ。
アリアは遠慮なく近づいてきて、顔を触ってきた。
めちゃくちゃ距離が近い。
女の子の良い匂いがする。
「大丈夫? 体は痛くない? 頭ふらふらしない?」
「だ、大丈夫だよアリア。体も頭もいつもどおり」
アリアがほっとしたように息を吐き出す。
「良かった……」
かなり心配かけたみたいだ。
「えっと、僕はザボルと戦った後に気絶したんだよね? あの後どうなったの?」
「ああ、そうね。説明したほうがいいわね」
アリアがゆっくりと説明を始める。
「あの後ソウタを治療してから、学校に戻ってルドリク先生に事情を話したの」
「ルドリク先生にか」
「あの人ならどうにかしてくれると思って。実際、ウタをここまで運んでくれて、ベッドも用意してくれたのよ」
「……迷惑かけてごめん」
「私こそ、貴族のゴタゴタにあなたを巻き込んでしまってごめんなさい、本当に」
「じゃあ! ずっと僕を避けてたのも」
「ええ。あの男──ザボルのガンリック家と、私のリンフェルグ家は同じ公爵家なの。ソウタに関わる限りリンフェルグ家に敵対するって言われて、どうしてもソウタに近づけなくて……」
「僕を嫌いになったわけじゃなかったのか」
落ちこぼれの僕に関われば、ガンリック家に敵対される。アリアはそれでも良いと言ってくれるかもしれない。
でもリンフェルグ家の当主はそれを許容できないだろう。落ちこぼれの僕のためだけに公爵家といざこざを起こすなんてありえない。落ちこぼれと関わらなければいい話だ。
「ごめん。僕が落ちこぼれだからこんなことに」
「ソウタが落ちこぼれなのは関係ないわよ!」
「でも僕が落ちこぼれじゃなかったら……こんな問題は起こらなかったかもしれない」
僕がアリアと関わりを持ったから事件が起きた。それでルドリク先生にも迷惑をかけた。
僕が最初から何もしなければ、何も起きなかったかもしれない。
「そもそも平民の僕がこの学校に入るのが間違いだったのかな」
「そんなことないわ。ソウタは頑張ってる。平民だからって理由で、ソウタが責めれられていいわけない」
でもそんなの、この国にいる限りは──。
って言っても、何にもならないな。
アリアが励ましてくれてるんだ。愚痴っても仕方ない。
「アリアは優しいね。平民の僕とも普通に話してくれる」
「私は優しくなんて無いわよ。ただのずるい人間。ザボルが私のこと生意気って言ってたけれど、その通りかもしれないわ」
そんなことは言ってほしくない。
「アリアは優しいし生意気でもないよ。どうしてそんなこと言うんだ」
急に部屋の扉が開く音が聞こえた。
「目が覚めましたか」
穏やかな笑みを浮かべたルドリク先生が歩いてくる。
いつもと変わらない様子だ。
ルドリク先生がこちらへと向かってくる。
アリアが立ち上がってルドリク先生に頭を下げた。
「ありがとうございました。わたざわざベッドまで用意していただいて」
「生徒を助けるのは義務ですから。感謝する必要はありませんよ」
これは僕もお礼を言わないとな。
そう思って立ち上がろうとすると、ルドリク先生に止められた。
「無理に立たくていいですよ。まだ安静にしていてください」
「えっと……分かりました」
「ああ、それとアリアさん」
ルドリク先生が窓の外を指差した。
「もう日が傾いています。下校の時間です」
え、とアリアが驚きの声を上げた。
「でもソウタの世話をしないと」
「ソウタ君は私が見ておきます。アリアさんは暗くなる前に帰りましょう」
アリアが不服そうな表情を浮かべている。
「……分かりました。では、先に帰らせていただきます」
「気を付けて帰ってくださいね」
「はい。さようなら」
アリアは丁寧にお辞儀をする。
そのままあっさりと部屋の扉を開けて出ていった。
なんだか、アリアがすごくおしとやかだ。
ルドリク先生の前だといつもこんな感じなのかな。
するとルドリク先生が僕の方を向いてくる。
「さて、もう体に痛みはありませんね?」
「はい」
両腕をぐるぐる回してみせる。
「痛いところもないです」
「心の方は大丈夫ですか? 不安になったり、イライラしたりしませんか?」
「しません。いつもどおりです。ただ……」
アリアが出ていった部屋の扉を見る。
アリアが言っていた言葉が、まだ頭の中に残ってる。
気になる。
『私は優しくなんて無いわよ。ただのずるい人間。ザボルが私のこと生意気って言ってたけれど、その通りかもしれないわ』って言葉。
アリアは優しい人だ。生意気でもない。アリアに対してずるいとは、僕は思わない。
なのになんで。
「彼女のことが気になりますか?」
ルドリク先生が優しい
素直に答えよう。
「はい」
「そうですか……」
ルドリク先生が沈痛な面持ちをしている。
そして、顎に手を当てて思案している。
何か事情があるのかな。
「少し待っていてください」
ルドリク先生は立ち上がり、部屋の隅っこに向かう。
小さなテーブルを持ち上げてこちらへと持ってくる。
テーブルが僕の前に置かれる。
更に、いつもお茶を入れるのに使ってるカップが二つ、取り出される。
テーブルにカップが置かれる。
ルドリク先生が、カップにお茶を丁寧に注いでいる。
カップの中でお茶が湯気を立てている。
ルドリク先生が僕の向かいに座って、お茶を一口飲んだ。
どうやら準備完了のようだ。
ルドリク先生は僕の目を見て、決意したように告げてきた。
「アリアさんには秘密があります」
「秘密、ですか?」
「ええ」
ルドリク先生はもう一度お茶を飲む。
ゆっくりと。
お茶を飲んだ口からため息が吐き出される。
ルドリク先生は顔に
「彼女はもともと平民だったのですよ」
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