第20話

 憑依を体験した翌日の朝、学校の体育館でウィンを待つ。


 朝の体育館には誰もいなくて、静かに澄んだ空気だけが僕を包んでいる。

 窓から差し込んでくる朝日が、清々しく全身の細胞を目覚めさせてくれる。


 ストレッチをしながらしばらくの間待っていると、体育館の入り口が開く音がした。


 やっと来たか。


 寝癖で髪が爆発しているウィンが入ってきた。


「おはよう。おそいよ、ウィン」


「すまんすまん。んじゃ早速始めようぜ」


 ウィンが体育館の端っこにかばんを投げ捨てた。


「今日も体術だけな」


「うん」


 ウィンは鞘をつけたまま魔法剣を構える。相変わらずかっこいい杖だ。

 開始の合図はない。あるとしたら、それはウィンの足音だろう。


 ドン、とウィンの踏み込みの音が響く。


「シッ!」


 ウィンの声が聞こえたのとほぼ同時に体をのけぞらせる。目と鼻の先を、鞘付きとは思えない鋭さで魔法剣が通過していく。


 体を起こす。ウィンがいない。


「ぐっ」


 後ろから蹴られた。いつの間に回り込んだのか。

 

 ウィンに右足を払われて重心が後ろに傾く。このままじゃ後ろに倒れて負けだ。


 右に腰を捻って、無理やり背中側の床に右手をついて、そのまま側転するように横に転がる。


 急いで構えを取り直し、たけどすぐに後ろへ飛び退く。ブン、と僕の腹あたりをウィンの魔法剣の横薙ぎがかすった。

 続けて繰り出される突きを、両手で挟んで受け止める。これで剣は使えないはず。


 チャンスだ。


「終わりだぜ」


 後ろから声が聞こえてきた。振り返るとウィンがいた。


 よく見たら、僕が両手で挟んでいる魔法剣は誰も持っていなかった。道理で簡単に受け止められたと思ったら、なるほど、投げたのか。


「僕の負けだ」


 魔法剣に集中しすぎてウィンの姿を見失った。まんまとやられたな、これは。


「これで俺の十勝だな」


「ウィンは強すぎるよ」


 十戦十敗だ。いまだに一本も取れてない。しかも、全部完全敗北だ。惜しい試合など一回もなかった。


 ウィンは戦いのセンスがある。刀、もとい魔法剣の使い方も上手い。剣士としての実力が計り知れない。

 その上、今みたいに不意打ちで使ってくることもあるから次の動きが全然読めない。


 特に突きが強い。とにかく速い。踏み込んできた、と思った瞬間に来ている。

 そうなると攻撃を避けるだけで精一杯で、避けた後の隙をつかれて劣勢のまま押し切られる。


 突きを掴んで魔法剣を封じるって作戦もあったけど、その作戦を実行した結果は今の通りだ。


「どうすれば勝てるんだろう」


「ソウタは弱くはねえと思うぜ。ただ、杖を剣みたいに使おうとしてるのが悪いな」


「杖を剣みたいに?」


 それは少しあるかもしれない。剣を使っていた頃の癖がどうしても出てくる。


「剣の腕は、まあ、悪くねえが、そのせいで攻撃も防御も中途半端になってると思うな」


「なるほどね」


「あと、勝とうとするなら攻撃しねえとだめだぜ。全部攻撃に振り切るくらいでもいい」


 攻撃の意識が足りないか。


 杖を使って攻撃するのはダメだ。剣の扱いはウィンの方が上だから簡単に捌かれる。それに当たっても有効打にならない。

 長期戦もダメだ。読み合いとか、力の押し付け合いでも負ける。

 小手先の技術とか、中途半端な攻撃は通用しないだろう。


 ならどう勝つか。


 一撃だ。一撃で倒す。

 博打みたいな戦い方になるけど、相手は僕より強いんだから仕方ない。


「まだやれるか」


「いけるよ」


「よし」


 起き上がってウィンと向かい合う。

 ウィンが魔法剣をまっすぐに構えた。


 僕も杖を構える。息を整える。


 集中。


 ウィンを見る。ウィンも僕を見てくる。目を見開いて、僕の全てを観察するように、凝視してくる。ウィンはいつも本気だ。


 攻撃が始まるのを見てから体を動かしても避けられない。だから予備動作から予測する。

 っ、今だ。


 斜め前へ踏み出して、迷わず前進する。肩に鞘がかすってきたけど、ギリギリ避けた。

 ウィンの腕を掴んで体を引き寄せる。


「っらあ!」


 腕を掴んだまま右足をウィンの股下に置いて、ぐるりと反転。ウィンの腹を僕の背中に当てて、体を丸めるようにしてウィンの全身を持ち上げて、床に投げつける。


 バン! と衝突音が響いて床が揺れた。


 決まった!


「やるじゃねえか」


「え?」


 思わずウィンの手を離す。


 ウィンがのけぞるようにして無理やり両足を床について、受け身をとってる。

 受け身取れる技じゃないはずだけど?


 両足と腹の筋肉だけでウィンが起き上がり、次の瞬間には、魔法剣が僕の首元に添えられていた。


 負けた、だと。


「投げは練習してたのか?」


「昔に教えられたことがあるだけ。って、普通に受け身取らないでよ!」


「はっはっはっ、ちょっとヒヤッとしたぜ。訓練の成果は出てるってことだな」


 そう言ってウィンがニカっと笑う。


「あと十年修行すれば俺に勝てるぜ。その頃には俺はもっと強くなってるだろうけどな」


「勝てると思ったんだけどなあ」


 投げ技の発想も良かったし、完璧に決まったと思ったんだけど、それ以上にウィンの身体能力が高かった。


「これで、俺の何勝だ?」


「多分十一勝かな」


「そうだっけか? 忘れちまったぜ」


 ……記憶力と学力なら負けることはなさそうだけど。

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