第19話
僕は杖を持って、部屋の中央に立った。
「目を瞑って集中してください」
言われるままに目を閉じる。目の前が真っ暗になる。
「憑依で一番重要なことがあります」
目をつぶりながらルドリク先生の説明を聞く。
「魔力を感じることです。魔力を持たないソウタ君には難しいかもしれませんが」
「できます」
「本当ですか?」
はっきり言い切る。
「毎日訓練してたので」
「まさか今日のことを見越して」
「違います。……できることがそれしかなくて」
「偶然ですか。では、今日はその努力を実らせましょう」
意味がないと思ってやっていたことが報われるって、意外と嬉しいな。
「霊体は魔力を放っています。魔力に映るものを感じ取ってください」
魔力に映るもの。初めて聞く言葉だ。
「霊体は過去の記憶を持っています。魔力から記憶を読み取り、霊体を呼び起こす。記憶を共有し、霊体との繋がりを得る。それが憑依なのです」
記憶か。前世とか持っているのだろうか。未練を捨てきれないから霊体になって残り続けている、なんてこともあるかもしれない。
集中。
手に持っている杖の温度を感じた。見えない魔力がはっきり浮かび上がってくる。
深く息を吸う。世界が洗練されていくような感覚。視覚だけに頼っている時とは違う世界が、少しずつ澄み渡っていく。
え?
胸の辺りに魔力が集まってきてる。今まで何回も訓練してきたけど、こんなこと初めてだ。
「何か感じますか?」
「感じます」
「何を感じていますか?」
「何かが胸に刺さっているような、あ」
いきなり目の前がおかしくなった。目をつぶっているはずなのに魔力が見える。見え、すぎる。
目を開けない。
夢とも現実とも違う知らない世界が、僕の意志とは関係なしに映し出されている。知らない場所だ。
荒廃した草原。枯れ細った木が点々と生えていて、地面は燃えた後のように焦げ付いた色をしていて、草はほとんど無く、地面が何十箇所もえぐれて穴ぼこになっている。
強大な魔法が嵐のように過ぎさったとしたら、こうなるのかもしれない。
「景色が見えます」
ルドリク先生の困惑した声が聞こえた。
「見える? 何が見えるのですか」
「荒廃した平原です。魔法で戦ったみたいに、そこらじゅう地面がえぐれてます」
「他に何かありますか」
人がいる。
「えっと、男の子がいます」
「男の子」
「草原に寝転がってて、その男の人の前に、五人くらい人が。うわ」
「どうしましたか」
「剣が、胸に」
寝転がっている男の子の胸に、大きな剣が刺さっている。白く輝いている、とても美しい剣が。
あれ。なんでだろう。
あんな子供、見たことないはずなのに分かる。あの男の子の名前を、僕は知っている。
ずっと前から、僕が生まれる前から知っている。
「……アインザーム」
景色が消えた。一瞬全部が白くなって、変色して黒くなった。圧力がかかったみたいに真っ黒に歪んでる。
杖だけじゃない。周りの景色もどんどん真っ黒に染まっていってる。真っ黒い何かが世界を包み込んでいっている。
……ああ、分かった。
この黒いの、全部魔力だ。
「大丈夫ですか!?」
先生の声のおかげで、現実に引き戻されるように目が開いた。
杖から真っ黒な光が吹き出して、僕の腕を一瞬で覆ってきた。腕だけじゃない。足も、腹も、胸も、全部飲み込もうと迫ってくる。
「ソウタく──」
先生の焦ったような声が途中で途切れて、目の前が真っ黒になった。
■□■□■□
夢を見ているような気がした。意識がふわふわとして、水の上に浮いてるような感覚。
ここはどこだろう。周りには魔道具が置かれている。
たくさんボタンがついていて、空中に数字らしきものが表示されていて、数字が絶え間なく動いている。
よくわからないけど、アーティファクトか何かだろう。どれもめちゃくちゃ高そうだ。
ものすごい場違い感。僕こんなところにいていいのかな。
ここは研究施設、なのかもしれない。さっきの数字が沢山浮かんでる魔道具が、数え切れないくらい置いてある。
でも人の姿が見えない。
とても静かだ。自分の心臓の音がよく聞こえる。
あれ、目の前に男の子が立ってる。
「え?」
何の前触れもなかった。目の前を見ていたのに、瞬きさえしてなかったのに、見逃した。何も感じ取れなかった。明らかに異常だ。
逃げたほういい気がする。
だけど、目の前の男の子に見覚えがある。
さっき草原で寝転がっていた、剣で胸を貫かれていた子供だ。黒髪黒目。背が低くて丸っこい顔で、口元に小さく笑みを浮かべている。
目が怖い。底が見えない真っ黒な目だ。
「また名前を呼んでね。そしたら力を貸してあげるよ」
腕が掴まれた。体が引っ張られる。
僕の耳元で、男の子が、静かに囁いてきた。
「アインザーム。僕の名前だ──」
男の子の手は、まるで死人のように冷たかった。
■□■□■□
「ソウタ君!」
はっとして目を見開く。ルドリク先生の部屋に僕は立っていた。さっきまで見ていた研究施設はどこにも見当たらない。
「大丈夫ですか? 意識はありますか?」
ルドリク先生が聞いてくる。ものすごく心配そうな表情だ。
いや、これは心配というより、何かを警戒してるような。
「え?」
部屋の中がぐちゃぐちゃになってる。テーブルも、本も、魔道具の入った箱も、部屋にあるもの全部、まるで台風が発生したかのように、ぐるりと円状に吹き飛ばされている。
ちょうど僕が立っている位置が円の中心だった。
意味がわからない。これじゃまるで、僕が魔法を使って荒したみたいじゃないか。
血の気が引いた。
「ルドリク先生、これは」
「君が憑依した途端に、魔力と黒い光が溢れ出ました」
記憶が曖昧だ。全身、黒い光に飲み込まれて、何かが起きて、気がついたらここに。
あの男の子の名前だけ、はっきりと記憶に残っている。
「魔道具を使っておいて正解でしたね」
「魔道具を使わないとどうなってたんですか?」
「最悪、建物が崩れるところでしたね」
笑顔を浮かべてルドリク先生がさらっと言ってくるけど、全然笑い事じゃない。
「先生は大丈夫だったんですか!?」
「ええ。この程度では傷一つつきませんよ」
確かに、ルドリク先生の服には傷どころか埃一つついていない。
「しかしソウタ君が無事で本当に良かった」
「でも部屋がこんなに。片付けますね」
「構いませんよ。私が後で魔法を使って片付けますから。それにもう今日は遅いですし、そろそろ帰りなさい」
「え、でも」
「あと帰る前に一つ」
ルドリク先生が声のトーンを落として言ってくる。
「その杖の力は、私にとっても未知の領域と言わざるを得ません。間違いなく危険です。なにかの拍子に暴走すれば、君だけでなく周りの人も無事ではいられないでしょう」
何が起きたのかは分からないけど、部屋の惨状を見れば、危険だということだけははっきりと分かる。
「今回は魔道具を使っていたから部屋が散らかるだけでした。しかし普通なら今頃大騒ぎです。この事実が理解できますか?」
「はい」
「私のいないところでは決して杖を使わない。この約束を守って欲しいのです。いいですか?」
真剣な表情で迫られる。
頷く。
ルドリク先生が表情を柔和な笑顔に戻す。
「それでは、また何かあれば来てください」
ルドリク先生の研究室を出て、バタン、と扉が閉まる音が背後から聞こえた。静かな廊下に僕の足音だけが響いている。
最強の魔法使いになりたい。
そのためなら、どんなことでもやってみせる覚悟がある、けど……。
自分で自覚できないような恐ろしい力を使って、周りの人を巻き込んで、それって本当に正しいのか。僕が目指してきた強さって、そういうものなんだろうか。
「って、もう外暗くなってる!」
深く考える暇もなく帰り道を急いだ。
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