第16話
手紙を見てから三日がたった。
一つ分かったことがある。杖が、これっぽっちも使い物にならなくて、魔法も使えない。当たり前だけど。
杖を授かれば何か変わるんじゃないか、という僕の淡い希望は叶わなかった。そんな願い、叶うと思ってなかったから別にいいけどさ。
約束通り、ウィンとは毎朝訓練している。ウィンは強い。めちゃくちゃ強い。体術だけなら学年で一番なんじゃないか? 何回戦っても負ける。
圧倒的な実力差。力も技術も経験もあるけど、何よりセンスが、ギラギラと輝くウィンの才能が眩しい。
改めて認識した。僕は弱い。全然弱い。だから強くなりたい。だから魔法が使いたい。何年かかってもいいから、どれくらい苦しくてもいいから、僕は魔法を使えるようになりたい。そのためならなんだって……。
覚悟はある。でもどうすればいい? 努力の仕方が分からない。
情報が足りない。
強くなる方法があるかもしれない。魔法を使う方法があるかもしれない。
けれど僕一人では思いつかない。
そんな感じで三日間悩んで、結局僕が出した答えはこれだ。
行くしかない。ルドリク先生の研究室に。
「えっと……ここは左」
左手に持った手紙の矢印が導いてくれる。僕はそれを辿るだけ。
進めば進むほど、建物がどんどんと質素になっている。廊下に溜まったホコリ。くすんだ窓。床も天井もちょっとボロボロで、これでは貴族が通う学校とは言えない。
「あ……着いた」
扉があった。ここだけ綺麗な扉だ。いや不自然に綺麗だ。
壁は汚い。天井も床も汚い。
扉だけ、今さっき磨かれたかのように光っている。
横に札がかけられている。『研究室 ルドリク』と書いてある。間違いない。
入るのが、ちょっと怖い。ノックしないとだめだよね。
扉の前に手を近づける。
「入っていいですよ」
部屋の中から優しげな声が聞こえてくる。
まだノックしてないんだけど。
「失礼します」
ギイ、と音を立てて扉が開く。部屋の中に足を踏み入れる。
「うわ……」
汚い。本と紙束があちこちに散らばって、盗賊に荒らされた後みたいだ。
ちょっと離れたところに机があるけど、資料らしきものが多すぎて山になってる。
本は歴史書が多い感じだ。紙束は、難しいことが書かれている、ということだけ分かる。
あと、部屋のあちこちに木箱が置かれていて、杖とか水晶とかが乱雑に入れられてる。見たことない魔道具らしきものも。
そして部屋の奥の一部分、ちゃんと片付けられているスペース。広めのテーブル上にはお茶が入れられているカップといくつかの茶菓子。
そのテーブルの前、椅子に座って僕を見てくる男の人がいた。
担任のルドリク先生だ。
「珍しい来客ですね」
細身の体に黒いコート。黒くて細い目。白くてちょっとボサボサの髪。優しい笑顔を浮かべてる。
「用件は何でしょうか」
「えっと、困ったことがあって、その相談をしに来ました」
「何についての相談ですか?」
「魔法を使うために、何かできることが無いか知りたくて」
「なるほど」
「僕は魔力が無くて、魔法が使えないんです。でもどうしても諦めきれなくて」
「そう焦ることはありませんよ。とりあえず、椅子に座りましょうか」
床に落ちている資料を踏まないようにしながら部屋の奥へと向かって椅子に座る。
ルドリク先生が菓子を持ってきた。
「よければ食べてください。これが中々、美味しいのですよ」
ニコニコとした表情でお菓子を勧めてくる。
別にお腹がすいてるわけじゃないけど、ちょっと断りづらい。
白いお皿に白いまんじゅうが三つ。高級品って感じがする……ほんとに食べて良いのか。
「いただきます」
一口で食べた。口の中でゆっくりと噛んで、味を確かめる。
うん……なんだこれ、美味しい。すごく美味しい。
「どうですか味は? 美味しいですか? 美味しいでしょう?」
ルドリク先生がぐいっと身を乗り出して早口で聞いてくる。
「あ、美味しいです」
「そうでしょう美味しいでしょう。このまんじゅうは非常にこだわりのある一品でしてね、作っている菓子店が歴史のある名店なのですよ」
唐突にルドリク先生が語りだした。
「まんじゅうは簡単に作れる菓子ですが、しかしあえてこだわることでひねりのない美味しさが出ていて、素材の良さだけに頼ることなくこだわった製法を用いることで甘さのバランスを完璧に調整している点が素晴らしいですね。また付け加えて言うとするならば──」
止まらない。
え? これ、止めないと一生続くの?
「あの、ルドリク先生?」
はっとした様子でルドリク先生が我に返った。
「これは失礼。ほんの少し話が長くなってしまいました」
ほんの少しどころじゃない気がするけど。
「お菓子を集めるのが趣味でしてね。つい喋りすぎてしまうのです」
「そうなんですか」
「ええ。さて、まだ自己紹介をしていませんでしたね」
咳払いをしてから言ってくる。
「私はルドリク。この学校の教師の一人です。杖や水晶などの魔道具、それから歴史の研究をしています」
「えっと、僕はソウタです」
「ソウタ君のことはよく知っていますよ」
魔力の無い僕のことは先生の間でも有名らしい。
「僕の魔力が無いからですか?」
「それもありますが、やはり同じ平民ですから少し意識してしまいます」
「え?」
同じ、平民?
「ルドリク先生も平民なんですか?」
「そうですよ。手入れされていないこの場所に研究室があるというのも、私が平民であることが原因です」
この学校に平民なんて僕くらいしかいないと思っていた。こんな身近なところにいるなんて。しかも先生だし。
「ソウタ君。君のことは本当によく知っています。『千年に一度の劣等種』と呼ばれていることも」
「うぐぐ」
その二つ名は知ってても言わないで欲しい。僕の心のために。
「ああ、すいません。気分の悪くなることを言ってしまいましたね。ただ一つ、君に関して頼み事をされていまして」
「頼み事?」
「ええ。ソウタ君は、アリアさんを知っていますか? アリア・リンフェルグのことです」
なんでアリアの名前が出てくるんだ。
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