第15話
教室に戻っても気分は低空飛行で。なんというか、全てがけだるくて何もする気が起きない。
「終わった……木の枝とか終わった……」
机の上の杖を人差し指でつつく。
漆黒の杖。細くて短くて頼りない。そもそも水晶がついていない。
木の枝。そう木の枝だ。これは杖じゃないし、間違ってもかっこいいとか言えない。
魔法の杖って一体何なんだろう。
隣の席に座っているウィンが僕を見てくる。
「ソウタ、大丈夫か」
「大丈夫じゃないかも」
「そうか」
ウィンが僕の杖を手にとった。
「おお、木の枝みたいだな」
「遠慮ないねほんと!」
「仕方ねえだろ。見たまんまを言っただけだぜ」
悪意は全く無いみたいだからなんとも言えない。
「はあ……せめて何か使いみちがあれば良かったんだけど」
「焚き火には使えるんじゃねえか?」
「使わないよ!」
はっはっはっ、とウィンが快活に笑った。笑い事じゃないんだけど。
「冗談だ」
「もう。ウィンの杖はどうなのさ」
「俺の杖?」
「うん。どんな杖もらえたの?」
「あー、自慢するようなやつじゃねえんだけどな」
そう言いながらウィンが背中から取り出す。
「これだ」
こ、これは!
「うわあああ! 魔法剣じゃないか!」
「ああ。刀だな」
僕の腕と同じくらいの長さの刀だ。黒い柄の中央に白い線で魔法陣が描かれている。鞘も黒を基調としていて、こちらは金色の線が二本、交差して絡み合うように模様を描いている。かっこいい。
刀は東の国で作られている伝統的な武器だ。
刀身に若干の反りがある片刃の剣。
切断力に重きを置いて作られた、ちょっと扱いが難しい特殊な武器。
「すごい。きれいな鞘だ」
柄の根元の部分に、手で握れるくらいの大きさの透明な水晶がついている。これもまたかっこいい。
「刃、見ても良い?」
「おう。いいぜ」
鞘から刀身を抜き出すと、美しい水色の刃が現れた。
深海のような水色。刃の部分に向かうように、薄い水色から濃い水色へとグラデーションがかかっている。
「綺麗な刃だね」
少しだけ刀を傾ける。
光が反射して、刀身の波模様が映し出された。
「いい刀だね」
「そうかもな」
「あれ、嬉しそうじゃないね」
ウィンが刀を鞘にしまいながら愚痴をこぼす。
「これじゃ身体強化しか使えねえ」
魔法剣は近接専用の杖だ。
身体強化の魔法に限れば、他の杖よりも使い勝手が良い。
けど強化できるのは身体強化だけ。それ以外の補助はほとんどできない。
「やっぱり魔法が使いたいの?」
「もちろんだぜ」
「そんなに魔法にこだわる必要あるかな」
「ある」
きっぱり。ウィンが鋭い目つきで真剣に言う。
「剣じゃだめなんだ」
……何か事情があるのかもしれないな。
「僕はウィンのやつと交換したいよ」
「剣は嫌だと言ったが、流石にソウタのとは交換できねえぜ。なんか真っ黒でヤバそうだし」
「真っ黒だけど別にヤバくないよ、ほら」
杖を手にとってみせる。
なんか、変な感じがする。言葉にできない違和感が、杖を握っている手からうっすらと伝わってくる。
「……少し変な感じはするけど」
口にして言った途端に、無性に気になってきた。吸い込まれてしまいそうな漆黒の色が、なんだか不気味に見えてきた。いやいやそんなわけ。
「うーん……この杖ヤバいのかな?」
変な感じがする。うまく言葉にできないけど、無理やり例えるとするなら、死ぬ寸前まで効果が現れない呪いにかかっていて、それが知らないうちに僕の体を侵食しているような。
不気味だ。
「もしかして呪われてたりするのかな」
「流石にそりゃ無いだろ。さっき言ったのは冗談だぜ?」
「そもそも水晶が無いんだよ? その時点でおかしいよね、絶対」
「アーティファクトが選んでるんだぜ? 呪われた杖を授与するなんてことは流石にしないと思うけどな」
「そうかなあ……」
「ソウタに最適な杖がそれなんだろ? 水晶が無いことにも意味はあると思うぜ」
「あえて水晶をつけてないってこと?」
水晶が無いことでメリットが生まれている、とでも?
「分かんねえけどよ。その杖を授けたことには、相応の理由があるんじゃねえかって思うんだ」
「そんな理由があればいいけどね、この木の枝に」
「殴るのには使えるかもしれないぜ?」
「もうそれ杖じゃなくていいよね!?」
「確かに、殴るなら剣の方が向いてるな」
ウィンの魔法剣を魔力ナシで使った方が実用的だろう。
思わずため息が出る。
「……せめて水晶がついてる杖が欲しかったよ。店で売ってる杖とかじゃだめなのかな」
「買うのはいいと思うけどよ、結局魔法が使えないなら意味なくねえか?」
「うぐ」
「それに金かかるぜ? ソウタは金持ってるのか?」
「持ってない……」
杖は、普通の平民では手にできない高級品だ。
僕のと同じような木の枝みたいな杖だとしても、多分、僕の全財産を軽く上回る金額で売りに出されている。……僕の全財産なんてたかが知れてるというツッコミはナシだ。
入学金と授業料で有り金全部使い切っているから、高級品はおろか、日常生活に使うものさえ買うのをためらう現状。杖を買うのは夢のまた夢。
「結局この杖を使うしか無いのかあ」
「潔く諦めようぜ。俺もこの剣で我慢するからよ」
ウィンが魔法剣を掲げて見せてくる。
「随分と贅沢な我慢だね!」
そのかっこいい刀を持っていて我慢するなんて言うのなら、僕は軽く拷問を受けているようなものだ。
はっはっはっ、とウィンは楽しげに笑った。
「あ、話は変わるけどよ、訓練しようぜって言ってた気がするんだが」
そう言えば杖が授与される前に、そんなこと約束したっけな。
「そうだったね。僕も忘れてたよ。どうしよっか」
「体育館でやろうぜ。今から」
「今から?」
「だめか?」
「訓練用の服とか準備できてないんだけど」
「あーそりゃそうか」
「それに体育館使ってる人いるかもしれないし」
「じゃあ朝だ! 毎朝学校が始まる前に、体育館に集まって訓練な!」
「うん。……て言っても僕は魔法使えないけど」
「じゃあ体術とかでもいいだろ」
それはそうなんだけど、魔法学校にいる意味が分からなくなってくる。
「明日からな。忘れんなよ」
そう言ってウィンが立ち上がる。
「あ、あぶね」
「どうしたの?」
「ソウタに渡さなきゃねえもんがあったんだ」
「僕に? なに?」
「アリアから頼まれてんだよ」
かばんをガサゴソと漁ったウィンが、一枚の手紙を差し出してくる。
「もし困ったことがあったら読めって言ってたぜ」
「困ったことがあったら、ね」
今まさに杖のことで困ってるけど。
「うーん」
「迷ってるなら読めばいいじゃねえか」
「……そうだね」
思い切って手紙を開く。
「なんだこれ?」
文章じゃなくて、図みたいなのが書いてある。
ウィンが手紙を覗き込んでくる。
「地図か」
「そうみたいだね」
四角い部屋。その隣に細長い通路。赤い矢印。
なんだろう。
「学校じゃねえか?」
「なるほど、ここの地図だね」
四角い部屋は教室で、細長い通路は廊下ってことか。
赤い矢印は教室からスタートしていて、結構離れたところの行ったことのない部屋で終わっていた。
「困ったらここに行けってことじゃねえか? お、ソウタ。下の方になんか文字が書いてあるぞ」
地図の下の方を見てみる。
「ほんとだ」
短く一文だけ書いてある。
『ルドリクの研究室』
ルドリク、は確か担任の先生の名前だったはず。
「つまりこれって……」
「困ったら先生の研究室に行け、ってことだろうよ」
勝手に行って良いのかな。
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