第14話

「これが授与の部屋……」


 この光景に圧倒されるな、と言う方が無理な話だ。この世界の全てがここにあるんじゃないかってくらいの量の本たちが、僕たちを全方向から見下ろしてきている。


 僕だけでなくクラスメイト全員が驚いて、ざわざわと落ち着き無くはしゃいでいた。


「静かに」


 先生の一言で我に返る。


「杖は全員一斉に授与されます。初めての授与は少し驚くかもしれません。驚くなとは言いませんが、大きな声などは出さないようにしてください」


 全員一斉? 一人ずつ交代で渡されるわけじゃないのか。


「対象者にとって最適な杖が授与されます。一度授かった杖の変更はできません。どのような杖が授与されても、必ず大切に扱うこと」


 先生が部屋の入り口へ向かっていく。扉に手をかけて、僕たちの方に振り向く。


「終わるまで静かにしているように」


 そう言い残して部屋の外へ。扉が閉まる。バタン、と大きな音が反響した。


 先生がいなくなった瞬間、みんながざわついた。


「なんか凄そう」

「どうなるの?」

「ちょっと怖い……」

「わくわくしてきたかも」


 それぞれが小声で話し始める。緊張をごまかすような声だ。つまり緊張している。


 僕も人のことを言っていられない。心臓の音が速くなっている。期待と不安が混じってそわそわする感じ。


 強い杖を。どんな困難にも打ち勝てる杖を。願いが届くのかは分からないけど、何も願わないよりは良いはずだ。


 リーン。


 何の前触れもなく、鈴を鳴らしたような不思議な音が耳に入った。

 合図をしたわけでもないのに、自然とみんな口を閉じて静かになる。


 ゴトン、と音がした。部屋の中央にある球体が浮かび上がっている。

 壁の本棚から次々と本が飛び出して、空中を飛び始める。


 本が白く光っている。

 あちらこちらからページをめくる音が聞こえてきた。まるで意志を持ったかのように、浮遊する本のページが勝手に開かれて、そこから弾き飛んだ無数の文字が連なって、線になって巨大な円を描いている。


 天井の魔法陣がゆっくり降下してきて、同時に床の魔法陣が浮かび上がり、全ての魔法陣が、中央にある漆黒の球体の下部に並んだ。


 すると球体の真下から、まばゆい光がせり上がってきた。


 莫大な魔力は光を放つ、という都市伝説的な話を聞いたことがある。

 本当かどうかは分からない。人間に出せるような量の魔力では、どうやっても光り輝くことなどないからだ。


 けれどその都市伝説の答えが、今まさに、目の前で煌々と光っている。


 魔法陣を通った光が漆黒の球体に入った瞬間、球体が太陽のように光り輝いた。光は際限なく強くなって、部屋の中が光に埋め尽くされていく。


 景色が真っ白になる。目が痛い。

 思わず目をつぶった。


 リーン。


 鈴を鳴らしたような不思議な音が聞こえた。

 まぶたを包んでいた光が段々と薄れていく。

 目をゆっくり開けていく。


 温かい雪が降っていた。真っ白の光の粒がふわふわと、部屋の中に降り注いでいる。


 光が僕たち一人一人の前に集まってきて、その光を両手で受け止めると、光が変形を始めた。

 これは……杖、なのか?


 気がつくと周囲の光が消えていた。


 飛んでいた本も、魔法陣も、中央の球体も、さっきまで光ってたもの全部が光を失って、まるで何事もなかったかのように元の位置に戻っていた。


 部屋の扉が開く音がして、視線を向けると、先生が僕たちを見ていた。


「自分の杖を確認してください」


 言われて、自分の両手の上を見る。


 まるで何かの呪いにかかったような、漆黒の、短めの杖。

 色以外はいたって凡庸だ。道端に落ちている木の枝と言われても違和感はないな。


 ……いや、いやいやいや、ちょっと待って!?


「……え?」


 ない。


「水晶が無い」


 なんで? もしかしてめっちゃ小さいから、僕の目に見えないだけどか……でもどう見てもついてない。


 水晶は魔力を整えて出力する役割を持っていて、言うまでもなく必須の部品だ。


 水晶がついていない杖など、素手とほとんど変わらない。


 諦められない。もう一度じっくり観察する。

 杖の先端の部分にくぼみがある。これは水晶をセットするためのスペースか。

 水晶が無い。


 愕然とした。


 アーティファクトはその人に最適な杖を授ける。

 その人に一番適した杖を授ける。


 この水晶のついていない杖が、僕に一番適した杖。僕に相応しい杖。そういうことになる。


 僕なんかには水晶は不要だと、そういうことか?


 魔力のない人間に渡す杖に、水晶などつけるまでもない。アーティファクトがそう判断したっていうのか?


 周囲から歓喜の声が聞こえてきた。


「やった魔法剣だ!」

「見ろよ! 金色だぞ俺の杖!」


 周りのみんなの手には、それはもう魅力的な杖の数々が握られている。

 剣みたいなかっこいい杖。黄金の豪華な杖。


 どの杖も魅力的だった。杖を持って嬉しそうに自慢する姿が、これこそが本物の魔法使いだと、僕の心に訴えてくる。


 水晶のついていない杖は僕以外、誰も持っていない。この事態は僕だけに起こったものらしい。


 横からざわめきが聞こえてきた。


「なんだあの杖」

「水晶でかすぎるだろ」

「……あんなの見たこと無い」


 口々に驚きの声を出している人たちの視線の向かう先は、アリア。正確には、アリアの持つ杖。

 アリアの身の丈ほどあるくらいの巨大な杖だ。先端には、アリアの顔よりも大きな、燃えるように赤い水晶がついている。かつて大魔道士が使っていた杖だ、なんて説明されても納得できる見た目だ。


「おい、あれ見ろよ」


 誰かが言った。僕の杖を指差して言った。

 アリアに集まっていた視線が、一斉に、絶対に見逃すかと言わんばかりに突き刺さってくる。


 とっさに杖を隠したけど、間に合わなかった。

 

「あれが杖?」

「水晶ついてなかったぞ」


 冷や汗が流れる。

 隠すのが遅かった、なんて後悔しても、後の祭りだ。


「木の枝だろどう見ても」

「魔法舐めてんじゃねえの」

「あんな杖ふざけてるわ」


 収集なんてつかない。まるで世界が僕のことを指差して、指摘してきているような気分だ。


「静かに」


 先生がよく通る声で言う。


「並んで教室に戻ります。次のクラスの授与があるので移動は速やかに」


 みんな並び始める。アリアが列の前に向かう。手には大きな杖が握られている。

 自分の杖を見る。水晶のない漆黒の杖。アリアのと比べるには、比べるのが失礼なくらいに心もとない。


 隣に並んできたウィンが言ってくる。


「あんま落ち込むなよ」


 何も返事ができない。


「それでは移動を開始します」


 チラリ、と先生が僕のことを見てきた。

 思わず目をそらした。杖を懐に隠した。痛いくらいに杖を握りしめながら。

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