第13話

 ウィンに相談した翌日。ついに授与式の日がやってきた。楽しみであまり眠れなかった。


 寝坊した。


 走って学校に向かう。教室に入って自分の席に座る。

 ちょうど始業の時間だ。ギリギリセーフ。


 担任の先生が説明を始める。


「これから杖の授与式が行われます。式は一クラスずつ行われます。順番が来たら全員二列に並んで移動します。質問はありますか?」


 隣の席でウィンが手を上げた。


「授与式の場所は?」


「学校の地下の特別区域です。普段は立入禁止となっていますが、今日だけ特別に入ることができます」


「準備とかはいらねえのか?」


「授与式に準備は必要ありません。心構えだけしておいてください。他に質問はありますか?」


 手を挙げる人はいない。

 先生が腕時計を確認している。


「時間ですね。移動を開始します。廊下に並んでください」


 立ち上がって廊下に出る。クラスメイトが全員並び終えると、それを確認した先生が歩き出す。

 すぐ隣で歩いていたウィンが話しかけてきた。


「ソウタ」


「なに?」


「最高に燃えてくるな!」


 ウィンの目がキラキラしてる。目の前に餌をぶら下げられた動物みたいだ。

 その気持ちは僕も分かる。


 杖は魔法使いの生命線だ。

 授けられる杖によって運命が決まる、なんて言っても過言ではないだろう。


 良い杖は魔法の効率と威力を何倍にも引き上げる。一の魔力で一の魔法しか打てなかったところを、一の魔力で三の魔法打てるようになったり、元の三倍の威力ので魔法を打てるようになったり。

 具体的に考えるとすれば、一日十回までしか魔法を使えない人が、杖を持った途端、三十回も使えるようになるんだ。どれだけ革命的なことなのか、わざわざ言葉にして説明するまでもないだろう。


 だから杖の授与式と言われると気分も上がる。もし最強の杖が来たら! なんて期待しちゃったり。

 もちろん、魔力が無い僕が期待するなんてお門違いもいいところだけど……。


「ついにこの日が来た! って感じだぜ」


「テンション高いね」


「だって立ち入り禁止の特別区域に入れるんだぜ?」


「杖じゃないの!?」


 喜ぶところを少し間違ってる気がする。


「僕はどんな杖がもらえるのかなって期待してたんだけど」


「ああ杖な。そうだな」


 えー。なんでテンション下がってるんだ。杖、ほしくないのかな。


「ウィンは欲しい杖とかある?」


「欲しい杖?」


「うん。例えば炎魔法が強くなる杖とか」


「そういう話か。俺は魔法剣以外ならなんでもいいぜ」


「魔法剣以外? 昨日も言ってたね。そんな感じのこと」


 魔法剣は杖の種類の一つだ。特徴は、先端部分が尖った刃物になっていること。

 杖としての魔法の補助性能は少し落ちるけど、物理的な攻撃の手段としても使える。


 身体強化の魔法適正がある人に向いている杖だ。パワーとスピードを魔法で強化して、相手が魔法を撃つより速く斬る。

 男なら誰もが一度は憧れるヤツだ。ロマンってやつだ。かっこいい。


「魔法剣……僕は欲しいけどなあ」


「いらねいらね。魔法剣なんて特殊なのより、普通の杖が良いに決まってる」


「そうかなあ」


「シンプルイズベストってやつだ」


 ウィンが魔法剣を毛嫌いする理由が分からない。


「えー、ウィンは身体強化の魔法使えるのに。絶対魔法剣が合ってると思うけど」


「合ってる合ってねえの話じゃねえんだよ。いいか、俺は実践訓練で知ったんだ」


「何を?」


 ウィンが深刻な表情で言う。


「身体強化の魔法は……地味だ」


「…………」


 確かに地味だけど!


「そして普通の魔法は……かっこいい!」


「子供か!」


 身体強化の魔法は地味だし、アリアの火の魔法とかは、すごく、すごくかっこいいけど!


「そんな理由で?」


「そんな理由ってなんだ。かっこいいかどうかは大事な基準だろ」


「うーん」


「もう剣の時代は終わりなんだよ」


 そんなあっさり時代を終わらせないでほしい。


「剣もかっこいいと思うけどなあ」


「何いってんだよ、杖のがかっけえよ。この間、先生が持ってた杖を見たんだがな、めっちゃかっこよかったぜ? 俺もああいうのが欲しいな」


「さてはそれが本音だね」


「……あー。もうそろそろ到着するか?」


「あ、話を逸らした」


 はっはっはっ、とウィンが笑った。


「ま、俺は普通の魔法使えねえし。頭使うような魔法も無理だ。それに、いくら身体能力が高くてもよ、体鍛えるのは限界あるだろ?」


「それは限界あるだろうけど」


「だから杖に頼って、普通の魔法を使えるようになるしかねえって算段よ」


「そう、なのかなあ」


「なんだよ。これで納得しろよ」


 なんだか腑に落ちない。ウィンらしくないというか、いや、そういうわけでもないけど。

 適当なことを言ってごまかしているようにも聞こえる。でも筋は通ってるんだよなあ。


「っと、到着したみたいだな」


 ウィンがそうつぶやいた。


 一度も来たこと無い、学校の中でもかなり奥まった場所。

 重厚な扉が開け放たれている。大きな金属扉だ。装飾とか一切なくて、扉の金属は経年劣化で色がくすんでいる。


 背伸びして、みんなの頭の上から扉の中をのぞくと、地下へ続く階段が見えた。ちょっと暗くて、幽霊の一つや二つ出てきそうな感じ。


 先生を先頭に階段を降りていく。


 階段を降りきると、暗くて狭い通路。幅は、ギリギリ二人並んで歩けるくらい。

 壁は石レンガで出来ていて、とこどころ苔が生えている。人が安心して歩くには光が足りていない。十歩ずつくらいの間隔で壁にろうそくが掛けられているだけだ。


 列の先頭が止まった。

 先生の声が狭い通路に反響して聞こえてくる。


「ここから先が、授与を行う部屋です」


 ゆっくり列が進む。

 部屋に入る。


「すごい……」


 広い図書館だ。円柱の形をした部屋。広い、広い部屋。半径三十メートルぐらいある。壁一面にぎっしりと本が詰まっている。

 部屋の高さは……分からない。天井が異様に高い。ここ本当に地下なのか? こんなに高い建造物があったら地上から見えているはずなのに、一度もそれらしきものを目にしたことがない。


 部屋の中央に真っ黒な球体が置いてある。直径一メートルくらい。吸い込まれてしまいそうな漆黒をしている。


「ソウタ。床見てみろよ」


 ウィンに言われて床に目を向ける。銀色で半透明の、見たこと無い素材でできている。

 よく見ると小さな線が掘られている。幾何学模様。無限に重なる美しい魔法陣。これ一つで国宝級と言えるくらいに精巧だ。


「え、待って、ここの床全部……」


「魔法陣だな。やばいぜこれ」


 一つ一つ職人が掘ったかのような高品質な模様が、部屋の床全面に散りばめられている。しかも、その全てから計り知れない価値を感じる。めまいがしそうだ。


 半透明の床の更に下、地面の中にも、十センチ間隔くらいで重ねられた魔法陣が、地下深くまでずーっと続いている。


 ウィンが僕の肩を叩いてきた。


「見ろ、上」


 天井を見上げる。


「なんだこれ」


 天井が見えない。あまりにも高すぎてこの部屋の一番上が見えない。しかも魔法陣が浮いている。空中に。地面の下にあるのと同じように、何重にも重なっている。


 もうなんでもアリだな。


「アーティファクトってのは道具って言われてるからよ。俺はもっと小さいもんを想像してたんだが」


 僕もそう思っていた。僕たちはなんてちっぽけな想像をしていたんだろう。


 ウィンが呆れたように言う。


「この部屋が、アーティファクトじゃねえか」

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