第12話

「ソウタ、お前を守るためだよ」


 ちょっと待って。


「僕を守るため?」


「ああ」


「意味がわからないんだけど」


 僕を守るためと言われても、別に僕は誰から狙われているわけでもないし、危険も特に感じていない。思い当たるフシがない。


 ウィンが話を始める。


「一週間前くらいか。アリアのところに一通の手紙が届いた。『彼から離れろ。さもなくば厄災が彼に襲わん』。とだけ書かれてたらしい」


「彼から離れろ、さもなくば厄災が彼に襲わん……よくわかんないけど」


「これは脅迫文だぜ」


「脅迫?」


 どの部分が脅迫なんだ。


「彼、ってのはソウタのことだ。『厄災が襲う』ってのは貴族の言葉で、攻撃するとか暗殺するとかって意味だ」


「暗殺!?」


 急に話が物騒になってきたぞ。


「だからこの手紙は、アリアがソウタから離れないと、ソウタが死ぬぞって意味だな」


 アリアと僕が近くにいたら、悪いヤツが僕を殺しに来るのか。


「僕を人質にして、アリアが僕に近づかないようにしてるってこと?」


「そういうことだ。お前とアリアを離すための人質だな」


 誰かは知らないけど、僕を人質にしていいなんて一言も言ってないぞ僕は。


「だからアリアは僕から距離を取ってたのか」


「そうなるな」


「なんでウィンはこんなこと知ってたの?」


「アリアが話してきたんだよ。今説明したこと全部な」


 ふう、とウィンがため息をついた。


「実践訓練でソウタを助けてやってくれ、って頼まれたんだよ」


「いつの間に」


「ソウタにこのことがバレないように、色々と手を回してたみたいだぜ。多分、全部お前のことを守るための行動だ」


 僕のためにそこまで。

 バカか僕は。そういう重要なことを何も知らずに、魔法のこととか自分のことばかりに没頭して。


「実を言うとな。ソウタにはこのことを話すなっても言われてるぜ」


「なんで! 話してくれたら僕も少しは力に──」


「『事情を話したら考えなしに助けに来るかもしれない』ってアリアは言ってたが」


「う、それは……」


「図星みたいだな」


 とりあえずアリアを助けに行かないと、なんて思った。ウィンに言われた瞬間に。アリアに思考が読まれてる?


「そうしたらソウタが攻撃されかねない。だから話すなってことだろうぜ」


 確かに、少し冷静になれば分かる話だ。僕が勝手にアリアに近づいたら、その分アリアに迷惑をかけることになる。


「僕の方から勝手に近づくのはダメか……」


「そうかもな」


「でもどうして僕に話したの? 口止めされてるんでしょ?」


 ウィンが笑みを向けてくる。


「こういうめんどくせえのは嫌いなんだよ」


「大雑把だね!」


 めんどくさいからって教えちゃだめだよ。このことがアリアに知られたらどうなることか。


 ウィンが呆れたようにひらひらと手を振っている。


「俺には正直理解できねえよ。ソウタが大切で助けたいのにどうして離れる? まどろっこしいぜ」


「でもアリアにも考えがあると思う」


「考えとかどうでもいいんだよ。何も考えずにずっとソウタのそばにいれば解決だろ? ソウタが安全になるまで守り続けてりゃいいじゃねえか」


「そんな無茶な」


「理屈とか立場とかより、本能、って言葉で合ってるのかわからねえけど、心の中にある気持ちの方が大事だろ。お前は自分の本能に従ってんのか? 考えてばっかで体が動いてねえんじゃ意味ねえだろ」


「じゃあウィンならどうするの?」


「会いたいヤツがいるなら合うし、離れたくないヤツがいるなら離れねえ。俺は考えるより先に体を動かす。考えすぎた時は寝る!」


「確かに授業中しっかりと寝てるね」


 最後の方だけは妙に説得力のある言葉だ。ウィンの圧倒的な睡眠時間をなめてはいけない。


「バカだからよ。ちまちました策とか苦手だし、人の気持ちを察するとかもできねえ! でもよ……俺が言うのもなんだが、誰かを守りたいって気持ちはすげえ分かるよ」


「それ本当?」


「本当だ。疑ってんじゃねえよ。俺も昔色々あったんだよ」


 ウィンが言うと、どうしても疑っちゃうな。


「でだソウタ。俺はお前に作戦を伝えに来たんだ」


「作戦?」


 ウィンが真剣な目をする。


「ソウタが強くなれば、この問題は全部解決するだろう?」


 確かに、僕が暗殺されないくらいの護身技術を体得できればそれが一番いい。アリアが無駄に悩む必要もなくなる。ずっと一緒にいられる。


「その通りだけど、でも僕は」


「知ってるぜ。魔力無いんだろ。それでも何もしないで諦めるのか? それってなんか違くねえか」


「うん。違う」


「この学校に入学してちょうど一ヶ月。ソウタは知らないだろうが、明日、毎年恒例の行事が開催される」


「毎年恒例の? 全然聞いてないんだけど」


「お偉いさんの意向で、建前上は当日まで非公開の行事だからな」


「なんて行事?」


「杖の授与式だ」


「授与式? なにそれ、王族がする式典みたいな?」


「全然違えよ。入学して一ヶ月経った一年生全員に、一人ずつ魔法の杖が授与される行事だ。別に何かを祝ったりするわけじゃねえ」


 教科書の内容を思い出す。


 魔法の杖。魔法使いに必須のアイテム。棒の先端に水晶がついた杖だ。魔法の効果や威力を上昇させたり、魔法の制御を補助する役割がある。


 自分の得意な魔法にあった杖を使うと、より魔法が使いやすくなる。


「全員に同じ杖が配られるってこと?」


 自分で言っておいて、そんなわけあるかと思った。みんなに同じ杖を配ってもあまり効果は無い。


 得意な魔法は個人差がある。自分の魔法に合わない杖を使っても本来の効果は見込めない。それだと杖をもらう意味がない。本来なら杖は自分で選ぶものだ。剣士が自分の剣を選ぶように。


「ここは第一魔法学校だぜ? そんなちゃちなことはしねえよ」


「でも一人一人に、別々の杖を作るってわけにもいかないよね」


 なぜかウィンが自慢気な表情をしている。


「そのまさかだぜ」


「え!? 全員に作るの!?」


「ああ。この学校にあるアーティファクトでな」


「アーティファクト……」


 アーティファクトは過去の遺産だ。なぜ作られたか、誰が作ったのかも不明。


 はるか昔、この世界に魔物も存在せず平和だった時代に作られたものらしい。高度な魔法技術で作られていて、そのほとんどが現代では再現不可能だ。

 もちろん価値は非常に高い。


「この学校にあるアーティファクトはな。なんと杖を生成するんだぜ」


「生成? 自動で作ってくれるってこと?」


「そうだが、ただ作るだけじゃねえ。その人に一番適した杖を作ってくれる」


「そんなことできるの!?」


 夢のような道具じゃないか。その人にあった杖を作るなんて。


「ああ。ただ動作には大量の魔力が必要だから、この学校に入学する一年生と、偉い人にしか使われないらしい」


 そりゃあそうだろう。アーティファクトの仕様回数が限られるなら、普通は王族貴族とかの偉い人から使われていくところだ。それを僕たちにも使わせてくれるなんて、太っ腹どころの話じゃない。

 奇跡と言ってもおおげさではないかもしれない。


 ウィンがぐっと体を寄せてきた。


「アーティファクトはな。意志を持つ道具って言われてるんだぜ。心の中で願ってれば、強力な杖を作ってくれるかもしれねえ」


「そんなことあるわけ……」


「と思うだろ? でも実際、今までそういうことはあった。お前みたいな弱いやつが、授与式の日から一気に成り上がるってことがな」


 都合の良いことばっかり起こるわけない。僕は本の中に出てくる主人公じゃないんだ。成り上がって何かを成し遂げるような勇気も、力も、カリスマも、何も持ち合わせていない。


 それでも期待せずにいられないのも事実だ。


「だから約束だ。杖をもらったら一緒に訓練しようぜ。そして一緒に強くなる」


「うん」


「そしてゴブリンを倒す!」


「ゴブリンは……倒せるといいね」


「なんだよ、自信ねえ言葉だな」


 はっはっはっ。ウィンが笑って僕の肩を叩いてくる。


「そうだね。杖があればゴブリンくらい余裕だよ」


「おう! その調子だぜ」


 その後はウィンと、どんな杖が欲しいかとか、こんな杖があれば最強だとか、他愛ない話をした。


 ウィンは『魔法剣』という種類以外の杖が欲しいと言っていた。変な注文だ。アーティファクトはちゃんとリクエストに答えてくれるのかな。


 ウィンはいつも元気で、明るくて、落ち込んでると励ましてくれる。ちょっと大雑把だけど、めちゃくちゃいいやつだ。ウィンと出会えたことは僕が思っている以上いに幸運なことなのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る