第11話

 翌朝、教室に入ったらアリアがいたので声をかける。


「おはよう。昨日は助かったよ」


 アリアがばっと勢いよく振り返ってくる。焦ったような表情を浮かべている。

 出会ってはいけないものと出会った時みたいなリアクションだ。僕はモンスターじゃないんだけど。


「どうしたの? なんかちょっと変だよ?」


「い、いえ。なんでもないわ」


 お茶を濁された。アリアが動揺してる。明らかにおかしい。


「……本当に?」


「今忙しいの。ごめんなさい」


 止める前にアリアが離れていってしまった。


 いつもはもっとサバサバしているというか、僕に冗談もとい毒舌を飛ばしてくるのに、そんな余裕もなさそうな感じだ。


「こんな時もあるか」


 と思ってそのまま放置していたけれど、間違いだったのかもしれない。


 アリアの異変はその日だけじゃなかった。次の日も、その次の日も、いつまでたっても変だ。

 話しかける度に同じ対応だ。焦ったように、逃げるように去っていく。


 避けられてるのか?


 一緒に帰ろうと言っても拒否される。毎日一緒に帰っていたのに。それどころか、前まではアリアの方から誘ってくれていたのに。


 実践訓練でピンチになっても助けてくれない。お昼ごはんも一緒に食べようとしない。


 一週間が経過した。いまだ避けられてる。

 嫌われたかもしれない。というかこのままじゃらちが明かない。


 よし、相談しよう。

 ウィンに事のあらましを説明した。ウィンは遠慮なく答えてきた。


「嫌われたんだろ」


「遠慮ないね!」


「”遠慮”とかいう、大層な魔法を学べる講義はこの学校に無いんだぜ?」


「あったらぜひウィンに受講してほしいところだよ」


 はっはっはっ、とウィンが軽快に笑った。


「そんなに気にすることか? アリアに嫌われて、お前が困ることないだろ」


「困るに決まってるよ!」


「例えばどんな時に困るんだ?」


「え、ほら、実践訓練とか助けてもらえないじゃん」


「最近は俺が助けてやってるだろ」


 最近の実践訓練はウィンに助けられている。ゴブリンを倒せない者同士で協力しているのだ。ウィンが助けてくれるのがほとんどだけど。


「他には困ってることあるのか?」


「うーん……」


「ほら無いだろ」


「でもアリアと話せないのは寂しい! それに」


「それに?」


「アリアは、今も、どこかの貴族に狙われて嫌な思いしてるかもしれない」


「あー確かに。つーかその話したの俺だもんな」


 うーむ、とうなってウィンが考え込む。少ししてこちらの様子を伺うように言ってきた。


「ソウタはアリアのこと心配してんのか?」


「うん、まあ」


 ウィンが目を細めてニヤリと笑っている。


「つまりソウタは、アリアのことが好きなのか?」


「え?」


 ウィンの言葉を聞いた瞬間頭の中が停止して真っ白になった。


 確かにアリアはすごくいい友達だし、優しいし、顔はちっちゃいし……。

 何を考えてるんだ僕は。


「それは、えっと」


「おーう? 図星か?」


「そ、そんなんじゃないって」


「っは、ソウタは分かりやすいな。顔真っ赤だぜ?」


「あー! もう! 好きとか嫌いとかよく分かんない!」


「自分の気持ちも分かんないのか? 今までアリアのことどう思ってたんだよ」


「それは……助けてくれるし友達になってくれるし、すごいいい人だとは思ってるけど」


「アリアのこと見て、どきどきしたりしないのか?」


「どきどきなんて! ……する、かもしれない」


「じゃあ好きなんじゃねえか」


 アリアはとても……可憐な少女だ。

 髪が赤くて、すごくさらさらしてる。風になびいた時はキラキラしてる。目は赤くて、大きくて、綺麗で、まつげが長くて、鼻筋はすっと通っている。薄いピンク色の唇がきれいだ。


 小さい顔には幼さが残っていて、普段は凛としてるけど、はにかんで笑った時の表情が明るくてかわいい。


 アリアの姿を思い浮かべる。鮮明に浮かぶ。自分でもびっくりするくらい鮮明に。


 アリアは貴族のはずなのに、公爵家ですごい偉いはずなのに、平民の僕にも偉ぶらない。うそをつくのが苦手って言って、そうやって僕を助けようとしてくれた。


 落ちこぼれが苦しむのも嫌だと言っていた。


「いいじゃんか。俺は応援するぜ」


「恥ずかしいよ」


「恥ずかしくない恋なんて恋じゃねえよ」


「そうなの?」


 ウィンが鷹揚おうよううなずいてくる。


「そうだぜ。俺の言葉を信じろ」


「ウィンは恋したことあるの?」


「いや、したことねえけどよ」


「したこともないのに自信満々に言うな!」


 はっはっはっ、とウィンが快活に笑った。やはりウィンは遠慮の無い男だ。早く遠慮の講義を受けたほうが良い。


「ソウタ、お前に一つ話さきゃないことがある」


「何?」


「アリアがお前を避けてる理由だ」


「ウィンは知ってるの?」


「ああ」


「もしかして……僕のことが嫌いだから?」


「違う。全然違うぜソウタ」


 打って変わって、ウィンがキリッとして言ってくる。


「ソウタ、お前を守るためだよ」

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