第10話
僕の頬を叩いてきたアリアが叱責するように言ってくる。
「いつものあなたはどうしたの? どんな時もまっすぐだったあなたは」
「だって、足手まといの僕のせいでアリアが危険な目に合うかもしれない」
「そんなの関係ないわよ」
「関係ある! アリアが危険な目に合うのは絶対に嫌だ。アリアは家族を失ったことある?」
アリアがはっと息をのんだ。
公爵家の長女だ。周りから優しく育てられて、何も知らずに生きてきて、それは確かに幸せなんだろう。
けど、だから何も知らない。平民の生活も知らないし、家族を失うことも知らない。
「私は……」
少し考え込む様子を見せたあと、アリアが口を開いた。
「そうね、少し話は変わるけれど」
「何?」
「本当は、私、学校をやめようと思ってたの」
「え、どうして」
「だって落ちこぼれなんて用意するような学校よ? こんなところで学ぶことがあるとは思えないわ」
「でもこの学校って、すごい名誉あるところなんでしょ?」
「そんなの関係ないわよ。私が世話係になって、落ちこぼれをすぐに辞めさせて、そして私も一緒に自主退学する。そう決めてたの」
バツが悪そうに視線を外してアリアが言った。
「落ちこぼれでも、人が苦しむ姿は見たくないから。……けどあなたと出会って考えが変わったわ」
ふふ、と笑いかけてくる。
「魔力を持って無いくせに、どんなひどい目にあっても『魔法が好きだから』って一言で済ませて。バカだと思ったわよ。けどそんなソウタを見ていたら、私も頑張ろうと思えたの」
「でも僕はアリアより弱いよ。このままじゃ迷惑を掛ける」
「それなら強くなればいいじゃない。誰よりも強くなって、今度は私のことを守って頂戴。それなら今まで助けた分も、とりあえず帳消しにしておいてあげるわ」
「そこまでして帳消しなんだ」
「そうよ。恩は倍にして返してもらうわ」
「利子が高すぎるよ!」
「ようやく元気になったわね」
アリアは花が咲いたようなきれいな笑顔を、幼気な小さな顔に浮かべていた。
そうか、アリアは僕を励ましてくれていたのか。
「うん。元気になった。なんだかまた助けられた気分だよ」
「これも恩に数えていいのかしら」
「いや……うん。恩の分、強くなってアリアを守る」
「約束はきちんと守ってもらうわよ」
アリアの笑顔は、見ているだけで僕も笑顔になれるすごい笑顔だ。
この国はザボルみたいなクソ貴族ばっかりな国だ。汚い言葉遣いになっちゃうけど、やっぱりクソだ。偉い人の欲が大きすぎるせいで、涙を流す人がたくさんいる。大切な人を失う人もいるだろう。
守りたいものを守るためには強くならなければならない。国はクソで、貴族もクソで、だから強くならないといけない。
このクソ大魔法帝国で誰にも負けないくらい強くなる。心の中で誓いを立てた。
■□■□■□
「図に乗りやがって!」
憤慨の声が響き渡る。
ガンリック家
アリアに脅され、逃げるように帰宅したザボルは怒りを発散していた。
「あの女! 今度会ったら必ず息の根を止めてやる!」
地団駄を踏み、周囲の物を投げ始める。花瓶が割れる。棚から本が落ちる。
騒音を聞きつけた女の使用人が駆け寄ってくる。
「落ち着いてくださいザボル様! 物が壊れてしまいます!」
「勝手に入ってくるな!」
殴る。蹴る。途中から使用人は意識を飛ばしていた。
構わず暴行は続いた。
殴り疲れると使用人を蹴飛ばす。
「くそ!」
ザボルはガンリック家の次期当主に一番近い男だった。
「なぜあの女は婚約しないのだ!」
ガンリック家とリンフェルグ家。同じ公爵家として、両家は対立する形をとっている。
「あの女さえ手に入れば!」
そこでアリアを人質として脅す。リンフェルグ家はアリアしか家を継げる者がいない。よってガンリック家に従うしかなくなる。
ガンリック家はリンフェルグ家を手に入れる。最終的に、今とは比べ物にならない権力がザボルの手に。
計画は順調に進んでいる、とザボルは考えていた。その矢先の出来事だった。
「最低でも殺してやる。赤毛の女も、忌まわしい平民も」
ザボルは唇を噛みながら思考を巡らす。
アリアに婚約を取り付けさせる。それ自体は権力や脅しなどすれば済む話である。
しかし、その前にまずアリアに近づく必要があった。物理的にではなく、知人や友人などというような人間関係的にである。
アリアはほぼ毎日ソウタと一緒に行動していた。ザボルのような輩を想定し、ソウタ以外の交友関係を断っていたのだ。そのためザボルはアリアに近づくための材料を持たない。
ザボルは倒れた使用人を足蹴にしながら、考える。
「どうすればあの平民を……」
そこで言葉を止め、ザボルは嬉々とした表情を浮かべた。
「そうだ、人質にすれば!」
先程までの怒りが
途端にザボルは上機嫌になった。
部屋の中を歩き、机の引き出しを開ける。中からペン、インク、紙を取り出す。
そしてザボルはサラサラと文章を書き始めた。
「これでよし」
一通り書き終えたザボルは手紙の内容をもう一度読み直し、大きくうなずく。
「完璧だ。完璧じゃないか!」
ザボルが手紙に視線を移す。
『彼から離れろ。さもなくば厄災が彼に襲わん』
次いで窓の外に視線を移す。
「婚約させてやる。嫌だと言っても子を産ませてやる。俺様の子供を産めるのだ。至上の喜びだろう」
クックックッ、と抑えきれない声がザボルの口から漏れた。
「待っていろアリア・リンフェルグ。お前の大切な平民は、すぐに、俺様の手で、殺してやる」
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