第17話

「ソウタ君が困っていたら助けてあげてほしい、と彼女に言われているのです」


「いつの間に」


「結構前からですね。彼女もよく相談しに来るのですよ」


 アリアが相談? そんなはず。

 アリアの悩んでるような素振りなんて見たこと無い。もしかして隠してたのか?


「毎回お菓子を渡してくれる彼女からの頼み事とあっては、断るわけにもいきません」


 ルドリク先生がお菓子で釣られてる。賄賂だ。あるまじき行為だ。アリア、知らない間になにやってるんだ。

 ルドリク先生もすごいニコニコ顔だ。どれだけお菓子が好きなんだよ。


「そういうことで、私はできるかぎりソウタ君の力になるつもりです。話を戻しますが、困りごとというのは何ですか?」


「授与でもらった杖のことなんですけど」


 懐から杖を取り出す。


「この杖、水晶がないんです。使い方がわからなくて、あと、触った時に変な感じもします」


 ルドリク先生が柔和な笑みを崩さずに言ってくる。


「その杖についていくつか教えることはできます。が、まず前提として、杖を変えることはできません。お店で買おう、などという甘い考えはしないほうが良いでしょう」


 お店で杖を買うことって、甘い考えだったのか。


「ソウタ君のように悩む人は多くいます。先日はウィン君も相談に来たのですが」


「ウィンが?」


「授与された杖に不満があったみたいでした。別の杖を使いたいらしいですね」


 確かに、ウィンは授与される前から言っていた。魔法剣は嫌だ、って。


「詳しくは分かりませんが、彼には事情があるようですね」


「魔法剣を嫌うような事情、ですか」


「ええ。ただ、どうやっても杖を変えることはできません」


 ルドリク先生はお茶をすすって一息ついてから言ってくる。


「ウィン君には杖について少しだけ知識を与えました。君にも同じことをするつもりですよ。杖を貸してもらえますか?」


 杖を渡すと、ルドリク先生はおもむろに観察し始めた。

 さすったり、形状をよく見たり。


 しばらく見た後、机に杖を置き直してからルドリク先生が言った。


「これは水晶を作れる杖ですね」


 水晶を作るって、なんだ。


「どういうことですか?」


「水晶を魔力で形成するタイプの杖です」


 今まで一度も聞いたことがないタイプだ。


「普通の杖であれば、水晶に合った特定の魔法しか強化できません。けれどこの杖なら、使いたい魔法に合った水晶を自由自在に作れます。どんな魔法でも強化できます」


「それ、強いですよね」


「強いですね」


 どんな魔法でも強化できる杖なんて、聞いたこともない。


「このような杖は、世の中にはめったに出回りません」


 実はすごい杖だった。木の枝とか、黒くて不気味とか、色々悪いことを言っちゃったんだけど。


「情報も使い手も多くはありませんから、当然、使いこなせるようになるには時間がかかるでしょう。しかし、この杖は、使い手を最強にする可能性を秘めていますよ」


「最強」


「ええ、最強です。途方も無い努力は必要ですが」


 努力なんていくらでもする。必要なら必要な分だけ時間を注ごう。

 覚悟はしてる。


「その杖なら……魔力が無い僕でも、魔法を使えるようになりますか?」


「それはわかりません」


「そう、ですか」


 けど、ほら、努力なんて関係ない壁がある。


「ですが、試してみる余地はありますね」


「ほんとですか!?」


「アリアさんに頼まれていますし、同じ平民のよしみです。私でよければ使い方を教えましょう」


「ありがとうございます!」


「もちろん、ダメ元ですよ。魔力が無い人が魔法を使う前例などありませんから。加えて、使えたとしても時間はかかります」


「全然いいです!」


 今までどれだけ修行してもダメだった。魔法を使える人に追いつける気がしなかった。世界に全否定されている気分だった。


 ようやくだ。ようやく強くなる方法が見えた気がする。曇っていた視界が晴れたような感じだ。


「それでは実際に使ってみましょうか」


「……え? 今、ですか?」


「そうです」


「使うのが難しいんですよね?」


「ええ」


「ルドリク先生は使えるんですか?」


「それはもちろん。でなければ教えることなどできませんよ」


「すごい」


「驚くことはありません。ソウタ君もいつかは使えるようになるんですから」


 ルドリク先生は、杖を右手に持って顔の前まで上げる。


「それでは水晶となる部分を作ります。まずは魔力を込めて──」


 そう言った時だ。

 突然、真っ黒で半透明のが見えて、バチンという音とともに、ルドリク先生の指に電撃が走った。


「ッ!? これは!?」


 ルドリク先生の手から杖が弾かれて、カランと音をたててテーブルの上に転がる。


 杖は、まるで呪われたみたいに、黒い霧にまとわりつかれている。脳から危険信号が発せられて、僕に強く訴えてくる。あれは危険だ、と。


「えっと、何が起きたんですか」


 一度も柔和な笑みを崩さなかったルドリク先生が、初めて深刻な表情を向けてきた。


「君の杖には、恐ろしいほどに強大な霊体が宿っています」

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