第8話

 学校の授業が終わった後、家に帰るために席を立つ。

 するとアリアが隣に来た。


「一緒に帰りましょう」


 もちろん、アリアと僕の帰り道は一緒じゃない。

 じゃあなんで一緒に帰るかと言うと、世話係として一緒に帰れと、そういう風にアリアが言われているのだそうだ。


 そうして毎日僕の帰り道についてくる。

 僕と毎日一緒に帰るなんて嫌じゃないのかな。


 と思っていたけれど、アリアが言うには「他の人に付きまとわれなくて済むから楽」らしい。


「…………」


 でも今日一緒に帰ったら。

 今、アリアは敵対する貴族に狙われている。今日誰かに襲われるかもしれない。

 もしそうなったら。


 アリアは魔法が使える。僕なんかよりもずっと強い。

 逆に僕は魔法を使えない。


 ありていに言うと僕は足手まといだ。


 今日絶対に襲われるとか、そういう確信があるわけじゃない。

 それでもウィンの話を聞いた以上、もしそうなった時のことを想像してしまう。

 

「今日はいいよ」


 アリアがじっと見つめてくる。じっと。


「ど、どうしたのアリア?」


 そんなに見られると、何もしてないけど、何かを疑われてるような気分になる。


「なんでもないわ」


 そう言って、アリアが荷物を持って教室から出ていく。

 僕だけが席に取り残された。ちょっと寂しい。


 いや。これでいいんだ。寂しくなる必要なんてない。僕は正しいことをしたと、そう思うことにしよう。


「あれ」


 床に何か落ちてる。拾って手に取ってみる。


 綺麗なネックレスだ。アリアのものかな。

 しかもこのネックレス、なんだか魔力を感じる。

 ネックレスから魔力を感じるなんておかしな話だけど、本当に魔力を感じるんだ。世の中にはそういう特殊な物もあるって聞いたことあるし。


 これはただの飾りってわけじゃなさそうだ。


 大事なものかな。アリアに渡したほうがいい気がする。明日学校で渡せばいいかな?


 ネックレスをかばんにしまって、荷物を持って教室を出る。

 学校を出て、坂道を歩く。いつもの帰り道。

 学校が所在している賑やかな地区から、静かで貧しい区画へと向かっていく。


 段々、人通りが少なくなっていく。人の声とかざわめきが聞こえなくなる。

 こういう場所って、なんだか誰かに襲われそうだなって通るたびに思う。実際そうなったことなんて一度もないけど。


 近道のために裏路地へと入る。割と狭くて暗い路地だ。


「おい」


 突然前から声をかけられた。


 少し離れた場所。僕の歩幅で十数と少しといったところ。

 太った男が立っている。腕とか首に豪華なアクセサリーをつけている。かなり裕福な人だと思われる。


 あと、学校の制服を着てる。僕と同じ一年生。

 そういえばこの人、時々廊下で目を合わせてくることがあった。

 でもクラスメイトではない。名前も知らない。


「お前がソウタだな?」


 なんで知ってるんだ。いや、知っててもおかしくはないか。みんな知ってるってアリアが言ってたしな。


 でもどうしてわざわざ名前を確認してくるんだ?


「……そうだけど」


 男が笑った。嫌な笑みを向けてくる。


「そうか」


「君は?」


 途端、男が笑みを消した。

 男の体が淡い光に包まれてる。


 って、え?


「魔法!?」


 タン、タンと数回地面を踏みしめる音が聞こえる。

 目の前に男がいた。

 嘘だろ、速すぎる。


 景色が横に吹き飛んだ。ドンと強い衝撃が横から来た。壁にぶつかった。

 顔と脇腹が痛い。ズキズキとしてる。


 地面に手をつく。血が滴り落ちて、ぴちゃ、と地面に赤色が跳ねた。


 顔を殴られた。それは分かる。でも反応できなかった。

 人間が出せる力じゃない。身体強化してるのか。


「平民が、このザボル・ガンリックの前で口を聞くな」


 ザボル・ガンリック。

 知らない名だ。


 なぜ攻撃してきたんだ?

 帰り道で待ち伏せしてまで、僕を攻撃してくる理由が分からない。


「どうしてこんなこと」


「口を開くなと言ってるだろ!」


 ザボルの蹴りが腹に食い込んできた。

 体が浮いてる。

 痛い。


 お腹の中の物が戻りそう。


 分かる。こいつには逆立ちしても勝てない。傷一つつけることさえできない。

 魔法の使える相手の方が圧倒的に優位だ。


 逃げるしか無い。でも逃げられるのか? 無理じゃないか?


 前みたいに都合よくアリアが助けに来てくれる可能性は、ほぼない。アリアが世話係としての責務を負うのは学校内だけ。ここは学校の外だ。


 ザボルが、上から僕を見下ろしてくる。


「やはり相応しく無いな」


 僕を蹴った方の足についた汚れを払いながら言ってくる。


「ここで殺しておけばあの女も喜ぶだろう」


「あの女……?」


 嫌な予感がする。このままじゃまずい気がする。

 今すぐこの場から逃げないと、取り返しのつかないことになる気が。


「この俺様がわざわざ殺してやるのだ。光栄に思え」


 ザボルの口元に魔力が集まっている。


「『来い、ゴブリン』」


 細い路地の奥から、ガサゴソと音が近づいてくる。

 ダッ、ダッ、と鈍重な足音。


 建物の間から姿を現した。


 低い背丈。気持ち悪い顔。異様に太い腕。

 ゴブリンだ。どうしてこんなところに。


 でも様子がおかしい。目に光が無いし、鳴き声一つ上げていない。


「杖無しでは難しいな。やはり、試し打ちに劣等種を選んだのは正解だったな」


 そういえば教科書に書いてあったっけ。


 使役魔法。知能の低いモンスターに魔力を注いで洗脳し、使役する。

 失敗するとモンスターが凶暴化する。非常にリスクが高い。

 そのため特別な資格を持った人以外は、使用を禁止されている、はずなのに。


 なぜザボルは使っているんだ。


「ゴブリン、命令だ。そいつを『殺せ』」


 ゴブリンが僕の前まで来て腕を振り上げている。殺そうとしてきてる。

 仰向けの状態のまま、とっさに両腕を交差して防御する。


 馬鹿力が来た。岩を落としたんじゃないかってくらいの衝撃が来た。

 腕がへし折れそうになっている。背中が地面に叩きつけられてバウンドした。一瞬呼吸が止まった。


 両腕の感覚が痛みを残して消えた。もう動く気がしない。

 ほんとにまずい。逃げるしかない。


 腕が振り下ろされてくる。横に転がってギリギリで回避する。

 すぐ横の、頭一個分離れたところの地面にゴブリンの腕が突き刺さって、ひびが走った。


 衝撃で吹き飛ばされた。地面をゴロゴロと転がって若干距離を取れた。


 どうすればいい。

 ああ、痛い。考えようとすると痛みを認識してしまう。思ったとおりに思考がまとまらない。


「誰、か……」


 声が出ない。肺に十分な空気が無い。さっき背中から叩きつけられたからだ。

 これじゃ助けも呼べない。


「とどめをさせ!」


 ザボルの声が聞こえる。

 ゴブリンが目の前で腕を上げて、光の無い機械的な目で僕を捉えてきている。


 避けられない。


「火炎球」


 突然、横合いから炎の玉が飛来した。


 ゴブリンの顔面に当たる。ボウ、と景気のいい爆発音が響く。

 ゴブリンがギャーギャーと悲鳴を上げている。理性を取り戻したのか? でもすぐに倒れて動かなくなった。

 アリアの魔法は相変わらずの威力だ。


 ザボルが唖然あぜんとした表情でゴブリンを見つめている。

 その目の前に、カツカツと足音を響かせながらアリアが歩いていく。


 不意にアリアがこっちを見てくる。


「放課後も実践訓練なんてがんばり屋さんね。尊敬するわ」


 建物の間から陽の光が差し込んだ。赤の綺麗なポニーテールが輝いている。


「ここからは私の番よ。落ちこぼれは下がってなさい」


 はっきりと言い切るアリアの横顔が、いつにも増して頼もしく見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る