第7話

 アリアに助けられた次の日の朝、僕はウィンに実践訓練のことを話した。

 するとウィンが笑って言葉を返してくる。


「よく死ななかったなー。大丈夫だったのか?」


 随分と気楽な反応だ。


「うん、まあ。ゴブリンの攻撃を腕に受けたけど」


「まじか! 怪我は?」


「アリアが治してくれたよ」


「あいつ治療魔法まで使えんのか」


 治療魔法。

 教科書の内容を思い出す。


 難しい発動原理を理解する必要がある。消費魔力が多い。そのくせ、慣れないと効果が低い。


「治療魔法って勉強しないと使えないやつだよね」


「そうだぜ。ソウタは魔力無いから治療魔法の勉強サボれるな」


「そう言われても全然うれしくないんだけど」


「いいじゃんか、羨ましい。俺は魔力なんていらないからずっと寝てたいぜ」


「ウィンは授業中ずっと寝てるもんね……」


 ウィンはどれだけ先生に注意されても眠り続けている。「欲に従っているだけ」らしい。ここまでくるといさぎよい。


「それで話を戻すけど、僕は実践訓練を一人で乗り切りたいんだ。アリアの助けを借りずに」


「でもアリアが勝手に助けてくれてるんだろ?」


「そう、だね」


「だったら別にいいじゃねえか。助けてもらえば」


「助けてもらう度に治療魔法をかけられてさ。ちょっと気が引けるんだ。治療魔法のいい練習台って言われるし」


 『練習台に丁度いいからもっと怪我をして頂戴』というアリアの言葉は記憶に新しい。


「助けてもらってることは事実だし、すごい嬉しい。けどそうじゃないんだ。僕自身が強くならないと意味ない気がするんだよ」


「でもよ、魔法使えないのにゴブリン倒すのは無理があるんじゃねえか?」


「それはそう、なんだけどね」


 はあ、とため息が出る。

 魔法だ。結局、魔法。魔法さえあれば全部なんとかなるし、魔法が無いから現状どうにもならない。


「魔力無いのに強くなるなんて、どだい無理な話なのかな」


「それはないだろ」


 ウィンが真剣な表情で言ってくる。


「そりゃ魔法使えるやつには敵わないだろうけどよ、そんだけ悩んで努力してれば成長してるだろ。それに」


 ニッと笑顔を向けてくる。


「ゴブリン一匹も倒してないのはお前だけじゃない。俺もだ」


 ウィンが? 一匹も?


「そんなわけないでしょ!」


「ほんとだっつーの」


「じゃあどうして? まさかウィンも魔力がないの?」


「いーや。ある」


「まさか魔法を一つも覚えてない、なんて言わないよね」


「一つ覚えてるぜ。身体強化の魔法だけ」


 身体強化の魔法。魔力を体に流して、圧倒的なパワーを手に入れる魔法だ。

 魔法としてはかなりオーソドックスで、誰でも使える部類のものになる。けど、弱いわけじゃない。


「それがあれば倒せるんじゃないの?」


「そうだ。けどな、使えない」


「なんで?」


「魔法には適正ってのがある。知ってるか?」


「うん」


 教科書に書いてあった。

 人それぞれ、得意な魔法とそうでない魔法がある。そして、特定の魔法に対して、その魔法がどのくらい得意なのか、という指標を「適正」と呼ぶ。

 例えば、アリアは火の魔法が得意だから、アリアには火の魔法の適正があることになる。


 ウィンが確認するように説明してくる。


「適正が低すぎると、魔力があっても魔法を使えない。これは分かるな?」


「分かるよ。適正が低いから効果が出ないんだよね。つまり……ウィンは身体強化の魔法の適正がない、ってこと?」


「いいや」


 ウィンがなぜか自嘲気味な表情を浮かべている。


「魔法の適正が高すぎて、魔法が使えねえんだぜ」


 魔法の適正が高すぎる? 低い、じゃなくて、高い?


「いや、え? どういこと?」


「魔法の発動はできる。けど制御できねえんだ」


「制御できない……」


「分かんねえか。ええとな、例えば、いつもの倍の高さのジャンプをしたいって思って、身体強化の魔法使うだろ?」


「うん」


「それで魔法を使って飛ぶと、倍どころか──十倍の高さ飛んじまうんだよ」


「じゅ、十倍!?」


「いや、高く飛んじまうだけならいい。飛んだ衝撃で地面に穴ができるし、衝撃で周りに被害が出るかもしれねえ」


「な、なるほど」


 先天的な能力が高すぎて、あまりに強力な力を制御できず危険、と。

 ウィンの説明を聞く限り、そういうことになるだろう。


 そんなことあるのか?

 いや、わざわざこんなことで嘘はつかないか。


「才能が有り余って困ってるなら、ちょっとだけでいいから分けてほしいよ」


「そりゃ名案だな!」


「まあ、そう簡単に分けられるなら苦労しないけどね」


「はは、そりゃそうだ」


 ウィンがニカっと笑顔で言ってくる。


「一緒に頑張ろうぜ。ゴブリン倒せない者同士でよ」


「うん、そうだね。ゴブリン倒せるようになろう」


 固く握手を交わした。


 事情があって悩んでる人って僕だけじゃないんだ。絶対僕だけだと心のなかで思ってた。


「ところでよ」


「何?」


「大したことじゃねえんだけどよ」


 ウィンはそう前置きしてから、声のトーンを落として言った。


「アリア、誰かに狙われてるみたいだぜ」


 急に何の話だ? アリアが狙われてる?


「どういうこと?」


「そのままの意味だ。誰かに狙われてる」


「い、命を?」


「命かもしれねえし、権力かも知れねえ。けどとりあえず、狙われてるってことだけ俺は知ってる」


「いや、それだけじゃ全然分からないんだけど。何を言いたいの?」


「正確な情報ってわけじゃねえが」


 そう前置きしてからウィンが話を始める。


「貴族には派閥ってのがあるんだが、その一つ、リンフェルグ家に対立する派閥の一部の貴族が動いてる。そういう話だ」


 ウィンが眉をひそめている。


「俺はそういう情報に詳しくねえから細かく説明できねえ。けどとにかく気をつけた方がいいぜ。この国の貴族は……やばいからな」


「危ないってこと?」


「ああ。昔から色々起きてるらしいぜ? 二重スパイとか、政略結婚して結婚相手を毒殺とか……濡れ衣着せて、一族全員拷問なんてのも聞いたことはある」


「怖っ!」


「ま、公爵家は力があるからそんなことは起きねえと思うけどよ。俺がそう思ってるだけで、可能性ってのは無限にあるだろ?」


 確かに、この世に絶対と言いきれることは無い。


「アリアの近くにいるお前も危ないかもしれねえ。だからまあ一応、お前の友達として言っておこうと思っただけだ。気をつけろよ」


「貴族って怖いね……」


「ああ。何かあれば俺を頼ってくれ」


「うん。ありがとう」


 アリアが狙われてる、か。

 でも貴族の争いだし、僕にどうにかできることでもないし。僕にとっては関係ない話、なのかな。


 妙に胸騒ぎがするのは、多分、気のせいだろう。

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