第6話

 入学してから二週間が経過した。

 授業が始まって、魔法も習い始めた。

 魔力のこととか、魔法のこととか、とにかくいろんなことを習っている。


 今まで知らなかったことがたくさん出てきて楽しい。ワクワクする。やっぱり魔法が好きだ。


 でも全部楽しいってわけじゃない。憂鬱な授業はある。

 実践訓練だ。


 お昼ごはんを食べ終えた現在。

 学校の近くの森にクラスメイト全員が集合して、先生の指示を待っている。


 担任の先生が説明を始める。


「本日も実践訓練を行います。先週と同じく、ゴブリン一匹以上の討伐が目標です」


 これだ。

 ゴブリン一匹以上討伐、が無理なんだ。


「魔法の使用を許可します。ただし他の人に当てることのないように。危険な状況になった場合、速やかに助けを呼ぶこと」


 本物の魔物と戦う訓練。つまり、怪我を負うリスクのある授業──と言っても最弱モンスターのゴブリンを倒すってだけなんだけど。


 クラスメイトからしてみれば、これほど楽な授業は他にないだろう。

 だって魔法を使えばすぐに終わる。


「はじめ」






■□■□■□






 先生による開始の合図が聞こえてから、だいたい三十分くらい経過した。

 もう少しで授業終了という頃合で、僕は森の中を駆けている。ひたすら逃げている。


 止まれない。


 ちょっとだけ振り向いて後ろを見る。

 ゴブリンがドタドタ足音をたてながら追ってきてる。若干、普通のゴブリンより足が早い個体だ。

 しかもしつこい。なんで僕のことを諦めないんだ。早くどこかに行ってほしい。


 ゴブリンは最弱のモンスターと言われている。


 遠距離から攻撃すれば倒せる。近づかれても逃げれる。


 人間よりも足が遅い。攻撃方法も腕を振り回すだけ。頭も悪い。

 これは常識だ。魔法を使えば子供でも倒せる。


 魔法さえ使えれば。


「巻いたか……」


 だいぶゴブリンから距離を取った。流石にこれ以上は追ってこないだろう。

 太い木を背にして地面に座る。


 息が上がっている。体力が持たないな。身体強化が使えればまた違ってくるんだろうけど、魔力も無いのにそれは高望みだ。


 ゴブリンは強い。強敵だ。戦いたくないし、勝てる気もあんまりしない。


 まず攻撃が通用しない。ゴブリンの皮膚が硬すぎて、殴っても蹴っても大したダメージにならない。


 そのくせゴブリンの攻撃が強い。

 ゴブリンは棍棒こんぼうみたいな太さの腕を持っている。そしてそれをブンブン振り回してくる。


 僕は魔力を持って無い。魔法で身を守れない。そうすると、攻撃されたときに回避するか、自分の体で受けるかの二つしか選択肢がない。

 でも生身でゴブリンの攻撃を受けたら、多分僕は戦闘不能になる。


 つまり実質的には防御手段なんてなくて、ひたすら回避するしか道は残されてない。


 理不尽ここに極まれりって感じだ。


「そろそろ終わるかな」


 授業時間は四十五分。もうそろそろ授業終了の時間になる。

 他のクラスメイトはどこにいるんだろう?


 立ち上がって周囲を見回してみる。

 何か異様な気配を感じる。


 横でゴブリンが腕を振り上げている。


「なっ!?」


 声を上げてる場合じゃない。

 腕を交差して防御する。


 どん、と衝撃が来た。両腕がちぎれそうなくらいの力が、交差した腕の真ん中にかかってきている。


 ゴブリンの姿が一瞬で遠のいた。

 背中に何かが激突した。


「がっ」


 肺の中にある空気が口から吐き出される。

 数回咳き込んだ。喉が痛くなって涙が浮かぶ。


 両腕が青紫に腫れてる。


「うっ」


 痛い。めちゃくちゃ痛い。今すぐ倒れ込みたい。

 だめだ、倒れ込んだらゴブリンに攻撃される。逃げないといけない。


 でも両腕の怪我が痛すぎて、立ち上がるどころか、まともに動くことさえ難しい。痛みでうまく声を出せない。


 ゴブリンがゆっくり近づいてきてる。やばい、ほんとに死ぬ。

 地面を蹴って後ずさってもゴブリンが近寄ってくる。もう腕を振り上げてる。


「下がってなさい」


 後ろから声が聞こえた。

 すぐ横で人影が通り過ぎていく。赤いツインテールが弧を描いて揺れている。


「アリア……」


 アリアが手のひらを開いてゴブリンに向けている。なぜか目をつぶっている。


「火炎球」


 アリアの手のひらから炎の玉が発射された。

 炎の玉が一瞬でゴブリンに到達して、ばふん、と包み込むような破裂音がする。


 ゴブリンの全身が炎上している。ゴブリンが必死に炎を引き剥がそうと暴れている。けど、炎の勢いが強くて全然意味をなしてない。

 少しの間ゴブリンの悲鳴が響いて、すぐに静かになった。


 一撃かよ。


 アリアが振り向いて言ってくる。


「世話のかかる落ちこぼれね」


 つぶっていた目をゆっくり開いて、ニコリと笑いかけてくる。


「これはこれで治療魔法の練習台に丁度いいわね。もっと怪我をして頂戴?」


 そんなこと言われても、苦笑いしか返せないんだけど。

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