第5話
アリアとの昼食を終えて、家へと帰る。
帰り道は一人だ。別に寂しくはない。いつものこと。
でも、一度くらいは誰かと一緒に帰ってみたい、なんて思ったりはする。
学校を出て坂を下る。
貴族街とその外とを隔てる門だ。
僕は魔法学校の生徒だから大丈夫だけど、普通の平民はこの門をくぐれない。
門番に止められるのだ。
門を通るには高額な通行料を払うか、貴族だという証明をしないといけない。
要するに、貴族と平民は完全に隔離されてるんだ。
門をくぐって三十分くらい歩いて、町外れの掘っ立て小屋に到着する。
小屋の壁は、いくつもの板の貼り合わせだ。
玄関の扉は鍵も取っ手もなくてボロボロ。
天上には所々穴が空いている。
「ただいまー」
一応、言っておく。
誰もいない家の中に声が響く。
適当な場所に荷物を置く。
「よし」
夜ご飯の準備だ。
まずは食べ物を用意する。
傷んだ野菜。少量の肉。残り少ない貴重な調味料。
全部、お店で廃棄予定になっていたものを譲ってもらったものだ。
大切に食べないといけない。
薪を窯に入れる。そこに火付けの魔道具で火を付ける。
中々火がつかない。魔力の残りが少ない証拠だ。
もっと節約しないといけないな。
火の上に鍋を乗せてちょっとあっためる。
その間にナイフを取り出して野菜を切る。
野菜と肉を
次に、スープ。
鍋に水を入れて、余った野菜を投入。
グツグツしてきたらできあがり。
完成した夕食を丸テーブルの上に乗せる。
あぐらをかいて床に座る。
「いただきます」
スープをすする。
一人でご飯を食べている時が、生きている中で一番孤独を感じる気がする。
隣で食べる兄弟はいないし、向かい合って話す親もいない。
食器がコツンと触れる微音を、
「ごちそうさま」
食後の片付けもきちんとやる。
食器を洗って元の場所に戻す。
一人分しか用意しないから片付けもすぐ終わる。
お腹が満たされたところで、ふうと一息つく。
「よし」
もう一度床に座る。
あぐらをかいて、背筋を伸ばして、集中。集中だ。
魔力を感じる訓練をする。僕の日課だ。
魔力は世界の根源。極めて抽象度の高いエネルギー。そう教科書に書いてあった。
どこにでも存在し、何にでも宿る力。
使い方次第でなんでもできる。誰でも英雄になれる。
目をつぶる。周囲に漂っているはずだ。
ほら……あった。
すぐ目の前にある。
細かい粒子群がふわふわと漂っている。
煙か。雲か。そんな感じの何か。
薄く広がる何らかの力だ。
僕は今確実に、魔力を感じている。知覚できている。
けれ……それだけだ。
どうにもできない。あることは分かるけど触ることができない。
魔力に手を伸ばす。まるで幽霊のようにすり抜ける感覚。
痛くも
使い方を知らず、触れることもできない武器が目の前に置かれているような。
もしくは、知らない文字で書かれた本を読もうとするような。
そんな
訓練すればできるようになる、とは思えない。これが正しいか間違っているかすら把握できていないんだ。
何が、もっと根幹的な部分から間違っているような、そんな気がしてならない。
集中が切れた。
目を開ける。
いつの間にか日が沈んで、月の光が差し込んできている。
「どうすればいいんだろ」
強くなるためには、魔法が必要だ。
その魔法を使うためには魔力が必要だ。
普通の人は、体内にある自分の魔力を使って魔法を使う。
でも僕には魔力が無い。
正確には、あったけどすでに失っている、というのが正しい。
どちらにせよ無いことに変わりはない。
だから自分の外にある魔力を使えるようになるしかない。
訓練の成果なのか、最近魔力を感じられるようになってきた。
でもそこが限界だ。魔力を操ることも、動かすこともできない。
「はあ……」
思わずため息が出る。
諦めちゃおうかな。
いや、絶対諦めないけど。魔法使いたいし。
濡らしたタオルを持ってきて体を拭く。気持ちいい。
お風呂に入りたいけど、これで我慢だ。
お金が無いうちはお風呂なんて絶対ムリだ。
それに帝国にはお風呂に入る文化が無いらしいし。
丸テーブルを片付けて、布団を敷く。
寝る前に、部屋の隅の棚に置いてある写真を見る。写真には四人写っている。
お父さん、お母さん、妹のハル、そして僕。
あの時は幸せだった。
僕以外死ぬなんて誰も想像してなかった。
悔しい。
僕がもっと強ければ。
守りたい人を守れるくらい強ければ。
ああ無駄だ。何回そう思ったところで、誰かが蘇ることなんてないのに。
「お父さん。お母さん。僕は魔法学校に入学しました」
遠い場所で、僕の声を聞いていてほしい。
「僕は魔法使いになります。絶対なってみせます」
もう大切な人を失いたくないから。
僕は布団に入って眠りについた。
静かな夜だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます