第4話

 落ちこぼれを用意して緩衝材にしてることは理解した。

 けど一つ腑に落ちないことがある。


 アリアがなぜこの話をしてきたのか、分からない。


「聞きたいことがあるんだけどさ」


「何かしら?」


「なんでそのこと、僕に話したの?」


「どういうことかしら」


「だってそんなこと聞いたら僕、自主退学するかもしれないよ。バレないようにした方がよかったんじゃないの?」


 アリアが当たり前のように言ってくる。


「私、うそをつくのが苦手なのよ。だから最初に全部話しておこうと思って」


「なんでこんな人が世話係に選ばれるんだよ!」


「顔がいいからよ」


「自分で言うな!」


 アリアはクスクスと笑った後、笑みを抑えて話を続けた。


「……もちろん現実的な理由もあるわ」


 ちゃんとした理由もあるらしい。


「平民のあなたとなら何も考えずに話せるのよ」


「え、僕と話してる時は何も考えてないの?」


「そういう意味じゃないわよ」


 アリアがまた苦笑している。


「私の家はリンフェルグ公爵家って言うの。自分で言うのもなんだけれど、強い魔法使いを何人も排出してきた名家よ」


「本当に偉い人なんだね」


「けれど、偉いからって良いことばかりじゃないわ」


 眉根を寄せて空を見上げるアリア。


「他貴族と関係を持つのが危険になってくるの。利益を狙われたりする。だから学校で気軽に友達を作れないのよ」


「へー。貴族って大変なんだね」


「その点、落ちこぼれが相手なら心配も無いわ。貴族ではないし。魔力も無いし」


「最後の一言はいらないよね」


 ちょっと口角を上げただけで無視された。


「私が世話係になったことを話すと、貴族はみんな同情してくるのよ?」


「どうして?」


「落ちこぼれの相手をするなんて大変よね、って。だから、ソウタの相手をしてるだけで私は天使になれるの。哀れなゴミに救いの手を差し伸べる天使に」


「誰が哀れなゴミだ!」


 目の前にいる貴族のご令嬢様は毒舌を極めていらっしゃるらしい。どういう育ち方をしてきたんだよ。


「一つ気になっていたのだけれど」


 アリアが校舎の外の景色に視線を移す。


「あなたは辛くないのかしら」


「何が?」


「教室の自己紹介で笑いものにされていたわ。廊下を歩くときも、階段を登るときも、うわさ話が聞こえてきたわ。ヒソヒソとね」


「まあ、そうだね」


 いろんなところで噂されてるのは分かってる。嫌でも耳には入ってくるものだ。


 多分僕が知らないところでも、僕は笑いものにされていることだろう。


「気にしていないのかしら?」


「気にはなるけど、それよりもびっくりしたよ。みんな僕のことについて話してるんだもん。有名人だね」


「そういうことじゃなくて。色々と言われて辛くないの、ってことよ」


「嫌だけど、でも辛くはないかな」


「本当に?」


 ちょっとアリアがしつこい。


「何が言いたいの?」


 アリアが少しの間押し黙った後、ゆっくりと口を開いた。


「辛かったら」


 絞り出すようにして言ってくる。


「学校をやめるのも選択肢よ」


 学校をやめる?


「それはつまり、僕に自主退学してほしいってこと?」


「そう、ね」


 びっくりだ。

 僕が自主退学して、アリアが何を得する? 何もしないだろう。

 お金ももらえなくなるし、何より、「アリアに言われて自主退学した」と僕が話したらアリアの立場がなくなる。


 合理的じゃない。合理的じゃないのに、じゃあなんでそんなこと言ってくるかって、そんなの決まってる。


 すごい優しい人じゃないか。


「自主退学なんてしないよ」


 アリアがぽかんと口を開けて呆けている。

 ありえない、とでも言いたげな表情だ。


「どうして!?」


「どうしてって、魔法が好きだからだよ」


「ま、魔法?」


 そんなにおかしい理由なのかな。


「僕は魔法使いになりたい。だから学校はやめない」


「そんな理由で?」


「そんな理由って……うん、そうだけど」


「魔力も無いのに?」


「た、たしかに魔力はないけど! ……でも」


 魔力が無いなんて、正直どうでもいいと思ってる。


「魔法が使いたいんだ。そして、強くなりたい。誰よりも強くなって、バカにしてきた人も、学校も、この国も全部見返してやるんだ」


 空を見上げる。

 家族に伝えたい。


「最強の魔法使いになるんだ」


 ……言った後でもう遅いけど、ちょっと恥ずかしいな。


「まあ、今は全然魔法使えないけど」


 頭の後ろをかきつつ向き直る。


 アリアが目を見開いて固まっている。

 まるで怪物か何かを目撃したような表情だ。


「はあ……」


 アリアがあきれたようにため息をつく。


「……勝手に頑張ればいいんじゃない」


「うん、頑張る」


「話は終わりよ」


 アリアは屋上の入り口へと歩いていく。

 扉に手をかけたところで、こっちに振り返って言ってきた。


「昼食はどうするのかしら?」


「食べないけど」


 あら、とアリアが意外そうな声を上げる。


「意外と少食なのね。お腹は減らないのかしら」


「いや、お腹は減ってるよ」


「もしかしてダイエット中だったかしら」


「お金が無いから食べないんだけど」

 

 アリアが悲しい目で僕を見てきた。


「ソウタって本当に平民だったのね」


「どういうこと?」


「私は一日三食。おやつも含めれば一日五食よ」


 僕は唖然あぜんとして何も言えなくなった。


「こ、これが貴族」


「あなたがおかしいのよ。どうしてそんなに貧しいのかしら?」


「ちょっと授業料が高くて」


「あなたも苦労してるのね。私も昔は……」


 なぜかアリアが言葉を途切らせた。


「どうしたの?」


「いえ、なんでもないわ」


 アリアは笑顔を浮かべた。


「そうね、私がお昼ごはんくらいおごってあげてもいいわよ」


「え?」


 僕は、言葉の衝撃で数秒間停止した。


「それ、嘘? 冗談?」


「これぐらいのことで嘘なんてつかないわよ」


 僕は拳を握って天高く振り上げる。


「女神!」


 こんなクソな国でも女神は存在しているらしい。

 ありがとう、女神。


 そのあとアリアと食べた昼食──学校の食堂のごはんは、びっくりするほど美味しかった。

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