第3話
目の前の少女が、凛とした声で尋ねてくる。
「あなたの名前は?」
「ソウタだけど」
「ソウタね。あなたに話があるの」
「話?」
「ええ。あなたにとって重要な話。ここでは話せないから、外でしましょう?」
こんな入学早々に一体なんだというのか。
ウィンと顔を見合わせる。
「行って来いよ」
「……分かった。ちょっと行ってくる」
椅子から立ち上がる。
「じゃ、行くわよ」
すぐに彼女が歩き出す。
慌てて後ろをついていく。
教室を出て廊下を進む。途中で階段に差し掛かる。
どこに行くんだ?
学校の外でもない。ひたすら階段を登っている。二階、三階と登っていくと、扉の前にたどり着いた。
階段を登りきってすぐの位置。どう考えても屋上の扉だ。ここって勝手に入っていいのかな。
何の確認もせずに、彼女が扉を開いて外へ出ていく。ちょっと迷ったけど、僕もその後についていく。
きれいな青空が出迎えてくれた。今日はいい天気だ。
屋上は意外と広い。一応金属でてきた柵もある。事故で落ちることはなさそう。
人は一人もいない。僕たちだけ。
バタン、と扉が閉まる音が後ろから聞こえる。
「改めて自己紹介しましょう」
彼女がこっちを向いて言った。
「私はアリア・リンフェルグ。リンフェルグ公爵家の長女よ」
「僕はソウタ。えっと、僕は平民で、好きなものは魔法かな」
「知ってるわよ。さっき自己紹介を聞いたもの」
「そうだね。クラスメイトだったね。これからよろしく」
アリアに大きなため息をつかれた。呆れたような表情を向けてくる。
「本当に何も知らないのね。私、公爵家の長女なのだけれど」
「もしかして偉い人?」
「ええそうね。私は結構偉い人なの。初対面で呼び捨てにされたのは初めてよ」
もしかして、呼び捨てしちゃダメだったか。
「まずかった?」
「相当まずいわ。ただでは済まないわね」
「僕どうなっちゃうの?」
「死刑よ」
「死刑!?」
呼び捨てしただけで? そんなことある? まだ入学して一日もたってないのに?
「冗談よ」
「冗談かよ!」
騙された。冗談言うならもっと冗談ぽく言って欲しいよ。
貴族は冗談を真顔で言わなきゃならない決まりでもあるのか?
「じゃあなんて呼べばいいの? アリア様?」
「面白いから呼び捨てのままでいいわよ」
そう言ってクスクスと笑う。
なんとなく遊ばれてるような気が……。
いや、それはいい。とりあえず話を聞かないと。
「話したいことって何?」
アリアが表情を真剣にして言ってくる。
「話したいことは一つよ。私があなたの世話係になったから、それを伝えておこうと思って」
世話係? 聞いたことない単語だ。
「世話係って何?」
途端、アリアが愕然とした表情でこっちを見てくる。
「……そうね。全部説明するわ」
「うん。頼むよ」
アリアがゆっくり丁寧に説明をしてくれる。
「学校では、魔法の実力がある人が強者よ。これは分かるわね?」
「うん」
「強者は、弱者に対してなんでも命令できる。魔法を使って無理矢理従わせられるわ」
「そんな横暴な」
「入学式で校長先生が言ってたでしょう? 学生の間で争いが起きても、学校は何もしないって」
そんなことを言っていたような気がする。
先生は手出ししない、とかなんとか。
「確かに言ってたけど。でも本当なの? それ」
「本当よ。争いを黙認するどころか推奨さえしているわ。これが、強い魔法使いを生み出すための効率のいいシステムなのよ」
「効率のいいシステム……」
「大魔法帝国は戦争によって国土を広げてきたの。だからこそ、学校はこんな実力主義的な体制をとっているみたい」
なんて国だ。考え方が危険すぎる。争いなんてしたくないんだけど。
「学校がそんなことして大丈夫なの?」
「大丈夫、とはどういうことかしら」
「優劣をつけたらさ、不満が出るんじゃないの? 実力的に劣ってる人たちとかからさ」
「察しがいいじゃない」
アリアが柵の外の景色に視線を移す。
「その通りよ。だから学校はある策を講じたの」
「策?」
「不満を抑えるために、あえて『落ちこぼれ』を用意したのよ」
「落ちこぼれって、めちゃくちゃ弱い人ってこと?」
「そう。自分より弱い人がいたら、誰だって安心するじゃない?」
「安心はするかもしれないけど……」
「弱者よりも更に弱い者──落ちこぼれを用意する。弱者たちはこぞって落ちこぼれを攻撃する。これで不満は解消されるわね」
それで本当にいいのか?
「それじゃあ、落ちこぼれがいじめられ放題じゃないか」
「ええ。でも仕方ないのよ。昔からそういう学校だから。私達個人にはどうすることもできない」
実力主義と言えば聞こえはいい。
でも許されるわけがない。
「ひどいな。この国もこの学校も」
「そうね。けれどソウタ、そんな悠長なことを言っている暇は無いと思うわよ」
「なんで?」
「あなたがその『落ちこぼれ』なのよ」
「おおぅ」
変な声が出た。いや、話の流れ的にそうかなーと思ってたんだけどね。
「落ちこぼれの学生を用意して、不満を解消したのは良かったわ。けれど新たな問題が出てきたの。何だか分かる?」
「何って……落ちこぼれがイジメられるとか?」
「……ソウタは純粋なのね」
なんだ急に。
「僕が純粋って、なんで?」
「落ちこぼれがイジメられることを、問題だと思っているからよ」
「もちろん問題でしょ。……良くないことだよね?」
「確かに、良いことではないわ。けれどこの場合、それは問題ではないの」
アリアが真剣な声色で言ってくる。
「落ちこぼれの自主退学。これが問題よ。イジメられてばかりだとそうしたくならない?」
「辛ければ、そりゃ自主退学するよね」
「ええ。けれど学校は、落ちこぼれに自主退学されたら困るのよ。不満のはけ口が無くなるじゃない」
「た、確かに」
まるで奴隷みたいだ。不満のはけ口が無くなったら困る。だから自主退学は困る。
落ちこぼれの気持ちを考慮しない上位者の言葉。
つまり、ここで言う問題は、落ちこぼれの学生にとっての問題じゃなくて、あくまでも学校にとっての問題なのか。
「だから私みたいな人間が用意されるの。落ちこぼれの心が壊れないように。自主退学しないようにってね」
背筋が凍りついた。
もしアリアみたいな美少女に優しくされたら。
親友のように。恋人のように。とろとろに甘くて優しい言葉を
それはもう洗脳なんじゃないのか。洗脳と何が違うのか。
「お金を渡される時に『ちゃんと
ペットの飼い主って言葉は、もしかしなくても、比喩じゃなくてそのままの意味で。
「つまりアリアが言ってた『世話係』って、僕の手綱を握るっていう……」
「ええ。そういうことよ」
入学した時点で、アリアに、学校に、僕は首根っこを掴まれていたらしい。そしてこれからも自由は訪れない、と。
「学校がこんなことして国は許すの?」
「さっきも言ったと思うけれど」
そう前置きしてから言ってくる。
「大魔法帝国は実力主義の色がとっても強い国家よ。許すどころか推奨してるんじゃないかしら」
推奨、か。国が良しとしてるのか。
もはや僕一人じゃどうしようもない問題だ。
「筆記の成績が一位。けれど魔力が無くて魔法が使えない。あなたは落ちこぼれに適任だったってことね」
「…………」
思わず大きな声で僕は叫んだ。
「こんなところ来るんじゃなかった!」
このクソ大魔法帝国め。
誰もいない屋上に声が響き渡って、虚しく儚く消え去った。
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