第12話 花

「遅くなりました〜!」


 チャイムを鳴らすと、今度は玄関までちゃんと降りてきてくれた。ひとまず安心し、手土産を渡す。



「わざわざありがと。あ、ハチロク屋?」


「うん...いろいろしてもらってるから、形だけお礼をと思って。ここの大福好きだから買ってきたんだけど、食べれる?」


「食べれる!俺も結構好き。あ、先に行っててくれる?お茶でも持ってくる」


「わかった」




 大福、喜んでもらったみたいで良かった。部屋へ上がるとエアコンがついていて、炎天下の中急いで自転車を漕いでいた私には、大変ありがたい。


 適当なとこに腰を下ろし、改めて周りを見回す。本棚に入っている本は、教本から雑誌までいろいろあるようだった。狭いけど、きちんと整理されている。結構綺麗好きなのかも?




 ギターを取り出し、準備をしていると、階段を軽快に上がる足音が聞こえてくる。



「緑茶でいい?」


「うん。ありがとう」


 小さなテーブルの上にお盆を置くと、佐倉くんもベースを持ってきて腰を下ろした。



「じゃあ、さっそくやろうか。...あ、そうだ。音は毎回合わせてる?」


「ううん。なんかズレてるかな?って思ったときに」


「どうやって?」


「ドレミを弾いてみて、感覚的に...?」


「あ〜なるほど。耳がいいんだね。それでもいいけど、スマホのアプリに合わせるやつとかあるよ。」


「へ〜便利だね」


「うん、それに...「陽くーん!!」」




 下の方から聞こえたのは、おそらくこの前のおばあちゃんの声だ。ゆっくりゆっくりと階段を上がる音が聞こえてきた。



「なーに?」


「お友だちに、大福!」


「え?私?」


 ドアが空いて、おばあちゃんがお盆に二つ大福と、お菓子を山盛り持ってきてくれた。私の顔を見ると、少し驚いてにっこり笑っている。




「あらー!女の子だったのかい!これは邪魔したね!」


「ばぁちゃん。小森さんはそーゆーのじゃないんだから...」


「大福いっぱいありがとね!ゆっくりしてってね〜」


「あ、はい!すいません!」


「陽くん、じゃあ、ばぁちゃんでかけてくるから!」


「またゲートボール?」


「ふふふ。がんばるよ〜!」


「気をつけてねー!!」


 佐倉くんはため息を少しついて、大福と山盛りのお菓子を受け取ったまま、ちょっと恥ずかしそうに笑った。



「ばぁちゃんがごめんね?」


「仲いいんだね」


「いままでずっと東京にいたから、あんまり会えなかったんだ。久しぶりに会えるようになって、嬉しいのかも」


「なるほど」



 その時ふと疑問が浮かんだ。



 そういえば、なんで佐倉くんは東京からここにきたんだろう...?



 気にはなるけど、自分から聞くのはやめておこう。複雑な事情かもしれないし、仲良くなったら佐倉くんの方から教えてくれるかもしれないし。




「元気なおばあちゃんだね」


「うん。元気元気」


「うち、おばあちゃんもおじいちゃんもいないから、ちょっと羨ましい」


「そうなんだ」



 私たちは練習の間に、ちょこちょこいろんな話をした。好きなバンドのこと、楽器のこと、まえの学校のこと、今の学校のこと...



 佐倉くんは趣味だけじゃなく、考え方や、感じ方がどことなく似ている気がする。話していて退屈しないし、面白い。



 練習はもっと面白かった。佐倉くんのベースに合わせて、ギターを弾く。ただそれだけのことだけど、1つの音楽がつくり上がっていく不思議な感覚が、たまらなく気持ちが良かった。



 それは、中学の頃吹奏楽部で演奏していた時と似ている。でも、自分の出す音がはっきり聞こえる分、こっちのほうが好きだ。




「はー!まだまだ練習しなきゃ!」


「始めたばかりなのに、ここまでできるってすごいよ!」


「学校で、フォークギターは少しやってたから...でも、楽しいね!うまく出来ないのが悔しいよ!」



 遠くの方で6時の音楽が聞こえてきた。陽が高いから気づかなかったけど、そんな時間になっていたようだ。私は帰り支度をすることにした。




「また明日!」


「うん、また同じ時間におじゃましまーす!」



 佐倉くんは門まで見送りをしてくれた。お礼を言って、自転車に乗る。帰り道、また和葉の言葉が頭をよぎった。


《佐倉くんが好き》



 改めて今日一日振り返って見ると、彼とは話も合うし、一緒にいてもラクだった。でもこれは、和葉と一緒にいるときにも感じる気持ちと同じ気がする。




 あんなに狭い空間で二人きりだったのに、ドキドキしたりしただろうか?



 少女漫画で見た女の子たちは、いつもドキドキして、キラキラして、顔を真っ赤にしているが、私は全く無かったように思う。




 もしも、これが恋だとするならば、私に恋は難しすぎる。

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