第11話 花

 いよいよ夏休みが始まった。



「うーん...」


 私は、太陽の熱が降り注ぐ中、商店街にきていた。今日から佐倉くんちで練習なのだが、ただ行くのも悪いので、なにかお土産を持っていこうと考えたのだ。




 小さな商店街だから、店もあまりないが、佐倉くん好みが全く分からない私には、お土産1つ決めるのも難問だ。


(ここの大福美味しいけど、あんこダメな人多いしなぁ〜。無難にケーキかシュークリーム?)


 よく行く和菓子屋さんの前で、立ち往生しながら考えていると、見覚えのある顔が見えた。




「あれ?あれは...」


 反対側のCDショップの前にいたのは、別のクラスの野島沙桐だ。ちょっと...いや、かなり、ヤンキーぽい見た目をしていて、クラスが違うこともあり、関わりもないからまったく話したことはない。



「ん?」


 入り口に大きなポスターと一緒に、バンプの新しいCDが置いてあった。野島さんは、ポスターをガン見して固まっている。





(へぇ。あの子も好きなのかな?)


 宣伝用のテレビから、その曲が流れてくると、次はそっちを凝視し始めた。先ほどから微動だにせず、突っ立っているが、足は辛くないのだろうか?




 くだらないことを考えていると、スマホの通知音が鳴った。私は、少し道の端に避けてスマホを確認する。



《もうきてる?》


 佐倉くんだ。なんといつのまにか、予定時間になろうとしていた。


《今商店街!少し遅れます!》


 私は慌てて返信すると、迷わず目の前の和菓子屋さんに飛び込んだ。




(よし、とりあえず買えた。急ごう)


 お菓子を買って店を出る。驚いたことに、野島さんはまだ店の前に立っていた。急いでいるので、店にいた時間はそんなに長くは無かったはずだが、この暑い中店先とはいえ、突っ立っているのはすこし心配だ。




(あ〜!!迷っている時間はない...!)



「あの!」


 私が後ろから声をかけると、彼女の肩が跳ねた。振り向いた彼女の顔もびっくりしている。



(そりゃそうだ。申し訳ない。)



「今回の新曲、良かったよ!これ!」


 鞄に入れていたCDを取り出した。ずいっと彼女の方へ腕を差し出す。




「よかったら!貸します!」


「ごめん...だれ?」


(しまった!)


 知らない奴から声をかけられ、彼女はとても怪訝そうな表情でこちらを見ていた。一応中学校も一緒だったので、私は勝手に名前くらい知ってくれていると思い込んでいた。これはかなり恥ずかしい。



「えっと、3組の小森花です!」


 伸ばした腕を戻すこともできず、自己紹介をすることしかできない。だんだんといたたまれなくなってきた。どうしよう。




「...いいの?」


 私の思いを察してくれたのか、彼女は一応CDを受け取ってくれた。



「今度会ったときに返したのでいい?」


「う、うん!」


「ありがと」


 彼女はCDを見つめて小さく笑った。見た目ほどヤンキーじゃなさそう。とにかく、受け取ってもらえて良かった。変質者になるところだった。




「あ!時間がないんだった!!」


 私は本来の目的を思い出し、野島さんに別れをつけると、急いで自転車に乗った。



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