第10話

 私の名前は藤崎和葉。どこにでもいる普通の女子高生の一人です。今は、先生に頼まれたお使いを果たすべく、親友の花とイケメン転校生の佐倉くんちへと向かっているところ。



 今日も生徒会があったのだけど早めに切り上げさせてもらった。花はその間に、返すものがあるそうで取りに帰っていたみたいで、大きな紙袋とギターケースを背負っていた。





「ここかな?」


 佐倉くんのうちは昔ながらの、よくある二階建てのお家だ。表札には別の名字が書かれてあったが、先生の説明ではここで間違いない筈だ。



〈ピンポーン〉

『はーい?』


 インターホンを鳴らすと、しばらくして年配の女性の方の声で返事が聞こえた。




「あ、私たち佐倉くんのクラスのものなんですが...」

『あぁ〜陽くんかい?それなら二階にいるから、勝手に入っていいよ〜』


 私たちは思わず顔を見合わせる。おばあさんの許可が出たとはいえ、勝手に部屋へ行くというのはちょっと...気が引ける。





「どうする?」


「うーん...とりあえず上へ上がってみようか!おじゃましまーす!」


 こういう時、花は決断が早い。私はそれがちょっぴり羨ましい、というのは秘密。


 玄関を開けると、奥に階段が見えた。恐る恐る階段を上がってみる。扉の向こうからは、何かの音が聞こえている。





「わ、ほんとに練習してるんだ」


「練習?」


「うん。ベースの練習してるんだって」


「へぇ...」



 私はとりあえず、ドアをノックしてみる。すると、ゆっくりとドアが開き佐倉くんが出てきた。



「びっくりした〜!二人してどうしたの?」


 佐倉くんは驚いた顔で、少し恥ずかしそうに笑いながら言った。私はカバンから預かったプリントを渡す。




「先生から書類を頼まれて...これ、明日提出だそうです」


「えー。わざわざごめん。あ、散らかってるけど部屋入りなよ」



 私たちは言われるがまま、お邪魔することにした。


 部屋は1人にしては充分なほど広く、家具は机とベッドと、小さな本棚しか無かった。楽器が何台が立ててあって、本のようなものが沢山積んである。


 花は目を輝かせて、キョロキョロしていたけど、ハッと思い出したように、持ってきた紙袋を差し出した。




「私は!借りてた譜面を返しにきたの...と!」


「と?」


 花は申し訳なさそうな顔をしながら、ケースからギターを取り出した。弦がびろーんと暴れている。なんともかわいそうな感じだ。





「チューニングするとき間違ってたみたいで、弦が切れちゃって...ごめんなさい!」


 花が謝ると、佐倉くんは笑って「なんだそんな事」と言った。





「よくある事だよ。それに、昔のギターだから、弦も古くなっていたんだろうね」


「そ、そうなんだ」


 花の表情が、安堵したものに変わった。私も少しホッとする。





「弦の予備があるからちょっとまってて」


「あ!弦は買ったの!でも、どの弦がそうなのか分からなくて...張り方も...」


「おっけー、なら教えるから見てて?」



 佐倉くんは慣れた手つきでサッサと直していった。私には何が何やら?という感じだったけど、花はその様子を、感心したようにじっと見ている。





「...後は、こーやって音を合わせて、終わり!」


「「おー」」


 あっという間に、可愛そうなギターが、かっこよくなった。花はギターを受け取ると、大事そうに抱えた。


 佐倉くんが持ってるときは、小さすぎておもちゃみたいに見えたギターも、花にはぴったりと馴染んでいるように見える。




「どれくらい弾けるようになった?」


「うーん...この曲をゆっくりなんとか、弾けるくらい」


 花はそういうと、ギターを弾いてみせてくれた。曲名はわからないけど、どこかで聞いた事のあるようなメロディだった。確かにゆっくりだけど、これって普通に凄くない?





「ここが難しくて...」


「あー...ここは...」



 花が教わる様子を眺める。この2人、いつの間にこんな仲良くなったんだろう?好きな事が同じだと仲良くなるにも早いのかな?


 仲良く話している2人を見ていると、しばらく会っていない年上の彼氏に会いたくなってくる。うーん、まいった。




「...それから〜...あ!そろそろ帰ろうか!」


 私が見ていることに気づいたのか、花がすまなそうに私の顔を見て言った。花は夢中になると、周りが見えなくなるが、私はそこまで夢中なった事がないので、花を羨ましく思う。あと、なんだかんだ気がつくとこもね。




「まだ、聞きたいことがあるんじゃないの?」


 私は笑って言った。



「うん。でも、もう遅いから帰ろう」


「あ、本当だ。いい時間になっちゃってる。2人とも、来てくれてありがとう」


 佐倉くんは外まで送ると言って、ついてきてくれた。外は少しだけ日が落ちてきていたが、夏なだけあってまだまだ明るかった。





「あの...さ。もう少ししたら夏休みだし、また2人で来たら?一緒に練習するの楽しかったし」


 佐倉くんの言葉に、花は嬉しそうな顔に変わる。


(この顔は...?)


花の顔を見て、私は気付いてしまった。だてに長いこと一緒にいたんじゃないのよ。




「いやいや、私はギターの事は分かんないし、お邪魔でしょうから、2人練習してください」


 私は意地悪そうに笑ってみせる。花はちょっと、怪訝そうな顔になった。あの顔はたぶん、私がまたいらない事を考えているんだろうな、と思っている顔だ。




「佐倉くんがいいなら、お願いします」


「俺は大丈夫。なら、また連絡します」


 2人は照れくさそうに笑った。




 ...側から見れば、付き合う前の焦ったい2人に見える。が、たぶんこの2人...というか、花は確実に単純にギターの練習がしたいだけ!!


 花のさっきの顔を見て確信した。だってあの顔は、買ったばかりの漫画を読む前の顔と全く一緒だったのだ。間違いない。


 まぁ、今後?二人がどうなるかはわからないけど、今のところお互いに脈は無さそう。



 この事で喜ぶ奴もいるけど...私はあいつの顔を思い浮かべる。ふふ、面白そうだから教えてあげないでおこうっと。





「ところで、今日は何でお休み?」


「見たところ、体調は良さそうよね?」


「あー...昨日出たCD聴いてたら、興奮して寝れなくなっちゃって...寝坊。ははは」


「あー!!もしかして!フラゲしたの?!私も買いに行かなきゃ!!ほら和葉!帰るよー!!」



 うん。この二人、音楽しか興味なさすぎ。

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