第8話

 その日は、特別何があるという事もなく、いつも通り過ぎて行った。佐倉くんもいつも通り。和葉は時折ニヤニヤしていた気もするけど。



 私はとりあえず言われた通りに、少し待ってから教室を出た。




 公園に入ると、佐倉くんがうずくまってスマホを眺めていた。近くにはケースに入ったギターらしいものが数本と、紙袋。



「どうも」


「あ、どうもどうも」



(“どうも”って何だ!!)


 謎の恥ずかしさに襲われる。




「まだあるんだけど、とりあえず持てるだけ持ってきた」


「凄いね。ギター屋さんみたい」


 5本のギターは、色とりどりで綺麗に磨かれているように見えた。ただでさえ、ギターをちゃんと見たことが無かったから、凄く新鮮だ。




「父さんも母さんも音楽好きで、コレクターみたいに集めてたから。で、こっちは譜面ね」


 佐倉くんが差し出した紙袋には、いっぱいに本が入っていた。


(これは重たそう...ギターも大変だっただろうに、わざわざ持ってきて貰って悪いことしちゃったな)




「わざわざごめんね。ありがとう」


「全然。練習するの?」


「うん、夏休み暇なもので」



 話しながら、佐倉くんは次々とギターを並べていく。よくみると、お兄ちゃんが使っていたものより、シンプルで少し小さいような気がした。


(デザインだけじゃなく、形もいろいろあるんだなぁ...)




「よかったら、ギターも貸そうか」


「えっ?いいの?親のなんじゃ...」


「許可は貰ってるから、大丈夫だよ。触ってみて、合いそうなの持って行って。どれも安いやつだから安心して」



 佐倉くんはニッコリと笑った。


 ギターを触る手付きから、大切にしていることが分かった。本当に音楽が好きなんだと思う。




「何から何まで、ありがとう。」


「いいよいいよ。近くに同じ趣味の人がいるだけて、俺も嬉しいし。小森なら大切に使ってくれそうかなって」


「うん、大事に使うよ」



 とりあえず、1番近くにあったギターを持ってみた。すごく軽い。赤色の派手なギターで、ところどころ傷がついていて、使い込まれているような気がした。


(佐倉くんも使ってたのかな?)




「あ、これは?」


 次に取ったのは、黄色の特別小さなギターだった。




「ふふ。これね、子供用のギター」


「へー!可愛い!」


「子供用っていっても、音はちゃんとしてるんだよ。他のと比べて小さめだけど、ぜんぜん負けてないんだ。」



 そう言うと、佐倉くんはいともカンタンそうに弾いてくれた。バンプの曲だ。何度も聞いたことがあるから、イントロだけでもはっきりわかる。




「アンプに繋げてないから、音はあんまりわかんないか。実はこれ俺が昔練習に使ってたやつなんだ。面白いかなと思って持ったきたけどまぁ、子供用だから...こっちのピンクのやつとかどう?」



 佐倉くんに言われるがまま、色んなギターを持ってみる。どれもお兄ちゃんのギターとは比べものにならないほど、軽く、持ちやすかった。弦にちゃんと指が届くので、辛くならない。





「うーん...やっぱりさっきの、黄色のやつはダメ?」


 全部のギターを試したあと、恐る恐る尋ねる。佐倉くんは目を丸くしながら、面白そうに笑った。



「え?これ?」


「それがいい。変かな?」


「別に変じゃないよ」



 私はこの可愛いらしい形のギターに、なぜか惹かれてしまっていた。単純に黄色が好きっていうのもあるのかもしれないけれど、子供用なだけはあって、やっぱり1番持ちやすい。




「わかった。いいよ。ピックも何個か入れとくから、自分の合うやつ使ってみて」


「何から何まで...」


「いえいえ」




 その後は、佐倉くんが荷物をまとめるのを手伝って、おじいさんが車で迎えに来るというので、少し話してから別れた。




 私はギターを担ぎ、重たい紙袋を自転車のカゴに積むと、新しいオモチャを買ってもらった時のような、ワクワクした気持ちで帰路についた。



 学校は、土日に入るし、さっそく少しやってみよう!楽しみ!


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