第5話

 放課後は、和葉の生徒会の活動が終わるまで教室で宿題をするのが、最近の日課である。家は暑いし誘惑に負けやすいので、教室で宿題を終わらせてしまうのだ。



 まばらだった教室の人も、いつの間にか減っていき、私一人になった頃教室に入ってきたのは和葉ではなく、佐倉くんだった。



「あ、小森さんだ。教室の鍵を取りに行ったら無くて、誰が残っているのかと思った」


「今月は和葉が生徒会で集まってるから、一緒に帰ろうと思って宿題してるんだけど...佐倉くんはどうしたの?」


「ちょっと、忘れ物しちゃって」


 佐倉くんは、机をゴソゴソとしながらそう言った。下校時間から考えると、おそらく一度家に帰ったはずだ。


 わざわざ取りに来るなんて、どんな忘れ物なのかと、私がじろじろ見ていると視線に気がついた彼は手に取ったものを見せてくれた。



「父さんのおさがりなんだけど、ちょっと聞きたい曲が入ってて。」


 それは、音楽プレイヤーだった。たしかに年期の入ったかんじだ。小さくて、ペンのような形をしている。



「へー、佐倉くん音楽好きなんだね」


「まぁ、結構好きかな。実は今、ベースの練習してて、これにしか入れてなくて...」


「ベース?すごい!!」


「まだ全然だめ。今まではギターしてたから、そっちの方が自信ある」


「どっちもすごい!どんな曲やるの?」


「うーん...知ってるか分かんないけど、バンプとか分かる?」


「え!大好き!」



 なんたる偶然か。兄の影響で、私もよくバンドとかの曲を聞いていたのだが、中でも話題に上がっているこのバンドは私の一番のお気に入りだった。



「え、ほんと?俺の周りそーゆーのわかる人いなくて。...一応おじさんバンドだしね」


「あんなカッコいいおじさんいないね!じゃあ、今練習してるってのも?」


「あぁ、これはアジカン。」


「ええ〜!それも好き!実は私も昔、お兄ちゃんのギター借りて練習してたんだけど、ぜーんぜん上手くできなくて辞めちゃったんだよね」


「うーん...小森さん、手が小さいから弦を押さえるのが難しいのかな?」


 佐倉くんの視線の先にある手を、グーパーして私も見つめる。



 なるほど。確かに、お兄ちゃんのギターは派手で無駄に大きかったし、私の手では指が届かないことも多かったような気もする。


 私は、昔練習していた頃を思い出した。興味本位で始めてみたはいいが、指は痛いし、音は綺麗に鳴らないしですぐに投げ出したのだった。



「あ!そうだ。うちに小森さんに合いそうなギターがあるから、良かったら見にくる?」


「え?」


「そんで、良かったら一緒に練習しない?俺も1人だとつまんないしさ」



 急な展開。

 毎日やる事もなくダラダラすごしているけど、いくら暇だからと言って、ほいほい男の子の家に行くというのはどうなのか…



「バンプとかのDVDもあるけど「見たい」」


 即答してしまった。佐倉くんはにっこり笑う。

 ちくしょう、イケメンめ...笑顔が眩しすぎやしないかい?


「なら、決まりで。一応、連絡先交換しよ」


 言われるがまま話は進んでいった。




「...はい、オッケー。じゃ!俺は先に帰るね。また明日」

「う、うん!またねー」


「あれ?佐倉くんじゃん」


「あ、委員会お疲れ。じゃーね」


「?バイバーイ」


 佐倉くんと入れ替わるように、不思議そうな顔をした和葉が入ってきた。


「なにごと?」

「…おおごと」

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