牡蠣の怪

 夏季の柿はまだ渋い。だから夏季に柿を食べるよりは牡蠣でも食べたほうがいいといわれていたらもう秋になってしまった。しかしまだ牡蠣は食べていないし、しかしまだ柿が熟れに熟れていい味を出す頃合にはなっていない。どじょう汁を飲みながら居酒屋の壁に張ってあった火気厳禁の札を読み、健太郎はそう思った。


 健太郎は居酒屋の親父に、牡蠣はあるかと尋ねた。親父は、今はないが隣の居酒屋にきっとあるだろうからそれをもらってきてやろうといって店を出て行った。店には健太郎しかいなかったので、まあいいだろうとおもって親父を待っていたら、親父はすぐに戻ってきて、健太郎の前に干し柿を縦に切ったものを差し出した。


 健太郎は話が通じなかったことに閉口したが、いちいち文句を言う気力もなかったので目の前の柿を食った。しかしそれは柿ではなく牡蠣の味がした。いったいどういうことかと思い居酒屋の親父の顔を見てみると、親父の顔には目や鼻や口はなく、空洞になっていて、そこから橙色の生牡蠣がぺちゃぺちゃと小さな音をたてて外に出てこようとしているのだった。


 健太郎はぎゃあと叫んで店を出た。すぐさまタクシーを停めて乗ったらなんだか足元がぬちゃぬちゃしていると思いよく見てみたら、足元も腰の下もすべて生牡蠣のカーペットになっていた。降ろしてくれ! と健太郎は叫び、柿色の財布をスーツの内ポケットから出して金を出そうとすると、中からはまたねとねとと平たい生牡蠣が出てきて彼の太腿に落ちた。

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