05 「驚かないのね」

「それが、貴方がコージュ殿からお聞きになった全てだ、とおっしゃるのですね? 王女殿下」

「ええ」

「そしてコージュ殿は行ってしまったとおっしゃられるのですね? あの方に手をひかれ、濃く深い瑠璃色の闇を従えて、螺鈿を砕いてぶちまけたかのようなこの満天の星空の元、こちらの世界からあちらの世界へ、月丘の門をくぐって」

「ええ」

「十年にたった一度だけの機会を逃さず、その呪いを愛を見事成就したとおっしゃるのですね?」

「ええ」

「そうですか」

「……」

「そう……」

「……」

「……何かご不満でも? 王女殿下」

「驚かないのね」

「何をでしょう」

「コージュ殿が生きていたこと。兄上が迎えに来たこと」

「……」

「それとも、貴方は知っていたのかしら。知っていて、私に隠していただけなのかしら」

「……」

「……答えなさい。そうなの? コージュ殿のこと、貴方は知っていたの?」

「……」

「コージュ殿のたった一人の妹である貴方は、やはりそれを知っていて、私に黙っていたと言うのね?」

「……いいえ」

「なにが、いいえなのかしら」

「……」

「答えなさい」

「……」

「答えなさい」

「……はい」

「貴方は、コージュ殿のことを知っていたの?」

「はい。……けれど、それはいいえ、なのです。王女殿下」

「なぜ?」

「殿下は今おっしゃいました。コージュ殿が生きていたこと、と」

「……」

「私はそれを、知りませんでした。けれど、前国王陛下が十年前のこの日、月丘の門をくぐり、一夜だけの奇跡を逃さずに、コージュ殿を迎えに来たことならば知っていたのです。そしてその時、二人が交わした呪いであり愛そのものである約束のことも、知っていたのです」

「……」

「私が知らなかったのは、コージュ殿が生きていたという、それだけです、王女殿下。なぜなら私の知るコージュ殿は……親愛なる姉上は、十年前の一夜の次の夜、死んだのですから」

「……え?」

「コージュ殿はそういう方でした。前王陛下がそうであったように、コージュ殿は全く卑怯で自分勝手で意地悪な人だったのです」

「……」

「そんな約束をさせておいて、コージュ殿は前王陛下の後を追っていったのです。前王陛下は、きっとそれを知らないでしょう。知らぬまま、十年もの間コージュ殿を想い続け、その罪をあがない続けたのでしょう。今日というこの日まで、ずっと、ずっと」

「……」

「ですから、王女殿下。私が知らなかったのは……いいえ、知っていたのは、コージュ殿がそういう性格の方だということだけです。だからこそ、王女殿下がコージュ殿を生きていると言っても、別段不思議にも思いませんでした」

「……」

「恐らくコージュ殿は、月丘の門をくぐらなかったのでしょう」

「……」

「十年、こちらの世界で、前王陛下を想い続け、待ち続けたのでしょう。それが交わした約束であり、呪いであり、愛であったのですから」

「……」

「十年間に一度だけ。年が明けてから十回目の満月のたった一夜だけの奇跡。こちらの世界とあちらの世界をつなぐ月丘の門が開き、死者の魂は還り来る」

「……」

「それを、そう。奇跡と呼ばずとして、他に何を呼びましょうか。それはまさしく奇跡なのです。死者の魂がまた人の形を取り、愛しき人の下へと還ってくるという奇跡。その奇跡を利用して、コージュ殿は人の形を取り、前王陛下を待っていたのでしょう。今度こそ、共に月丘の門をくぐる為に」

「……」

「それを愛を呼ばすとして、他に何を呼びましょうか。コージュ殿は、本当に心の底から前王陛下を愛してらっしゃったのです」

「……」

「……殿下」

「……」

「……王女殿下」

「……」

「なぜ、泣いておられるのです?」

「……」

「貴方が悲しむことなど何一つありません」

「……」

「貴方が涙を流すことなど、何一つありません」

「……」

「二人はまこと、愛し合っておられたのですから」

「……」

「それだけの、話ですから」

「……」

「……どうか、泣かないでください。愛しい、王女殿下」

「……だって」

「はい。……はい、だって?」

「だってあの方が死んでしまったのも、コージュ殿が死んでしまったのも、みな私のせいではありませんか」

「……」

「二人とも、私をかばって怪我をしたのではないですか」

「……」

「あの方は私を戦場から逃がそうと、コージュ殿は私を襲った者と刺し違えて大怪我を……」

「……」

「だから私は思っていたのです。十年前のあの日、コージュ殿はあのまま」

「……」

「あのまま、迎えに来た兄上に連れられて、月丘の門をくぐっていったのだと。だから……だから、私は」

「王女殿下」

「消息が知れないのは、だからだと思って」

「……王女殿下」

「なぜです?」

「……」

「なぜ、教えてくれなかったのです?」

「……」

「約束のことも、コージュ殿が死んでしまっていたことも」

「……」

「なぜ、私に教えてはくれなかったのです」

「……」

「答えなさい」

「……」

「答えなさいっ!!」

「……言わないで欲しいと」

「……」

「私が死んだことを、どうか十年、王女殿下にだけは伏せていて欲しいと」

「……」

「王女殿下はお優しい方だから、私もあの方も死んでしまった原因を、自分のせいだとおっしゃるだろうから、言わないで欲しいと」

「……」

「永遠が無理なのであれば、十年待って欲しいと」

「……」

「十年経てば、きっとお分かりになってくださるだろうと」

「……」

「決して王女殿下のせいなどではなく、それは自分達の全く卑怯で自分勝手で意地悪な愛の結果だったのだと。理解してくださるだろうと」

「……」

「そしてもしも、もしも王女殿下に会うことがあったなら、その時は」

「……その時、は?」

「その時は。……もしもそれを求められ、話す勇気が私の中にあったのなら、告げていくと」

「……」

「告げて、そして……月丘の門をくぐっていくと」

「……」

「だから」

「……」

「だから、私は、驚かなかったのです」

「……」

「……そういう方でした」

「……」

「コージュ殿は、そういう方でした」

「……」

「……どうか、泣かないでください」

「……」

「貴方が悲しむことなど何一つありません」

「……」

「貴方が涙を流すことなど、何一つありません」

「……」

「二人はまこと、愛し合っておられたのですから」

「……」

「それだけの、話ですから」


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