最終話 エピローグ

夕日を見上げながら、立ち上がった雄一は私に背を向けた。

その一瞬垣間見えた雄一の横顔。

そこに浮かんだこぼれ出るような寂しさを私は確かに見た。


雄一。ごめんね。本当にごめんね。


雄一、君と初めて同じクラスになって私本当に驚いた。

こんな人、いるんだって思った。


最初はね、ホント言うと苦手だなって思ってた。

私とは真逆の人だなって。


でも、君がいつも飾らない姿でそこにいて。

時にはみんなを巻き込んで、みんなを笑顔にしてるのを見て。


わたしはすごいなって思ってた。

とても…羨ましかった。


わたしにはできなかったから。わたしにはできないことだって思ってたから。


そんな君を好きになるまでに時間はかからなかった。

でも、それがかなわない恋だってこともわかってたんだ。


君が、綾子ちゃんのこと。大好きだって知ってたから。

みんなの前だとあんなに調子いいのに、綾子ちゃんの前だとすごい照れてて挙動不審。

バレバレだよ。誰から見ても。


そんな君が夏休みに書いた『理想の女性』。

あれがただのネタじゃないこと、私は知ってたよ。


笑った時に出る小さなえくぼも。口元を押さえるしぐさも。

綾子ちゃんそっくりだと思った。


君のそんな不器用なところも全部、知ってたよ。


だからね、君が女の子から嫌われちゃって、君と同じ班になれた時。

私がどれくらいうれしかったか、分かるかな。


君と二人で『深海生物』に乗れた時、どれほどうれしかったか、分かるかな。


君が私に、『好きな人がいる』って言った時、どれほど悲しかったか、分かるかな。


だから、君があの漫才の舞台でセリフを忘れてしまった時。

卑しい感情だってわかってたけど、それでも少しだけうれしいって思った。


でもね、君の顔を見ていたら。君の悔しさでつぶれてしまいそうな顔を見ていたら…気づいたら助けようとしてた。

君が廊下で私と話した後、落とした台本を拾っていたから。

結局…助けられなかったけれど。


でも、君はあの後クラスの人気者に戻れたね。

そして…少しずつ、綾子ちゃんとも仲良くなっていって。

私は思ったんだ。

ああ、もう君は遠くに行ってしまうって。


だから、卒業式の日。

私はさっさと教室を出たの。

もう、思い残すことはないと思ってたから。


ううん。


見たくないものを見てしまいそうだったから。


だから…。


立ち上がった私は雄一の背中を見つめる。

その背中にあの時の自分を重ね合わせる。


だからね、雄一。

君が校庭の真ん中で私の名を呼んだ時、私すごく驚いたんだ。

そして、君が私を好きだって言ってくれて。

…本当に、ありがとう。


雄一、あなたのおかげで私、すごく幸せだった。

そして、とても明るくなれたの。

今の高校では本当は友達もたくさんできたんだ。

君は、疑っているけどね。


でもね、君の前で笑うなんてできなかった。

独りよがりだけど、でも、それでも…。


だって…。


私に振り向いてくれた君。

そんな君が私を必死に笑わせようとする姿が…。

私を笑わせようと数えきれないほどの何かを考えてきてくれる君が…。









――たまらなく、愛おしかったんだもの。










でも、もう辞めるね。

そんな君がいなくなってしまうって分かってても。もう辞める。


君の寂しそうな表情を見るのが辛いね。

そして何より…もう私も笑うことを我慢できそうにないや。


だから…


***


「雄一!」


私は彼の名を呼ぶ。

彼の首が少しずつ、こちらに向き始める。


どきどきと胸が痛いくらいに脈打つ。

笑顔の準備。これで…いいかな?


彼の顔がこちらを向いた。

彼とはっきりと視線が交差する。

私の顔が最高潮に赤くなるのを確かに感じた。


しかしその瞬間、彼は思い切りそっぽを向いた。


はあ?


「ちょっと!」


なによそれ!


私はぐいっと雄一の肩をつかんで引っ張る。


「あっちょっと待って」

彼の口から小さく声が漏れた。


その瞬間、私は大きく目を丸くした。


「ぷ、あははは。なにそれえ」


私の視線の先。そこにはトマトみたいに顔を赤くした彼の姿があった。


「真っ赤!まっかっか!」


「うるせえなあ、文香も同じようなもんじゃん」


「ははは、あはははは」



なーんだ、もっと早く、こうすればよかったんだ。








――もっと愛おしい彼が、すぐそこにいたのだから。







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