第10話 水族館にて ラスト
俺はしばらくの間、夕日を見つめていた。
彼女との今までを走馬灯のように思い出していたのだ。
あの日、漫才は結果として失敗に終わった。
すでに冷め切っていた空気を持ち直すことはできなかったのだ。
しかし、俺は、俺たちはそれからクラスでもヒーローになった。
あの大舞台で漫才を披露した根性をみんなが見直してくれたのだった。
好きだった関口綾子とも昔のように、いや、それ以上に仲良くなっていた。
でも、それから文香は俺に距離を置くようになった。
理由は…よくわからない。
ただ、それから俺たちは卒業式まで会話を交わすことはなかった。
卒業式の日。俺は担任の挨拶が終わってから、みんなと白紙のページにコメントを書きあっていた。
そこには谷川達はもちろん、関口綾子もいた。
俺はみんなと話しながらも、意識は全く別の方に向いていたのだった。
そう、文香の方へ。
あの日以降、文香と話せなかった。
だから、言いそびれたことがあったのだ。
感謝の言葉。あの時俺を必死に助けてくれた文香への伝えきれない感謝。
そして…文香への真っ直ぐな思いを。
文香は荷物の整理を終えると、誰とも話すことなく逃げるように教室を出ていった。
俺は彼女の連絡先も住所も知らなかった。
だから、もし、このまま会わなかったらもう二度と会うこともないだろうと思った。
俺は彼女が出ていった扉を見つめていた。
でも、それでもいいのかなって俺は思った。
高校に入ったら、新しい出会いだってたくさんあるだろう。
他校との合コンだってたくさんある。
俺はみんなの方を向いた。
そうだ、そもそも彼女は俺を避けているのだから。
もう、忘れてもいいのかもしれない。
最初は苦しいかもしれないけど、新生活がすぐにそんなことを忘れさせてくれるだろう、そう思った。
その時だ。まさに、その時だったんだ。
『深海生物』で嬉しそうに得点カードをしまう彼女。
『大丈夫』って俺を励ましてくれた彼女。
真っ赤になってまで俺を助けようとする彼女。
愛おしい彼女の姿が抑えきれないくらいに俺の脳を満たした。
「ふみか…」
「おい、岡橋どうした!?」
俺は気づくと涙をぼろぼろと流していた。
自分がどんな選択をしたいのか、それを言葉にすることはできない。
できないけど、でも。
この涙だけは自分の偽らざる本心を代弁してくれているって。
そう、確信していた。
俺は気づくと走り出していた。
そして、校庭の真ん中で彼女に追いついたのだ。
そして、彼女に告白をした。
彼女は背を向けたまま、震える声で俺を受け入れてくれた。
でも…。
それは俺の勘違いだったのだろうか。
彼女はやっぱり俺のことが嫌いで…仕方なく付き合ってくれているだけなのではないか。
夕日を見つめながら、俺はそんなことを考えていたのだった。
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